[第17回]老化と地味に戦っていたら、体が少しずつ変わってきた話。 [第16回]できない人の気持ちは、大人になるほど忘れがちなのだ。夜、ふとんの中で文庫の漫画を読んでいたら、吹き出しのセリフの漢字のルビがほぼ黒い粒に見えた。つまりそれは、小さい文字がよく読めないという立派な老化現象。いくら目を凝らしても判読不能な黒い粒に、大人の悲哀をかみしめたのだった。またある日は、JC娘の服のほつれを直そうと、久しぶりに裁縫セットを出して針に糸を通そうとしたら、びっくりするぐらい通せなかった。これまで一瞬でできていたことが、5分たってもまだできない。JC娘が不思議そうに見ていて「手伝おうか」と言ってくれたのだが、ていねいにお断りし、意地になってなんとか通した。どっと疲れた。そして、視力の衰えをせつないほどに実感したのだ。 ひたひた押し寄せる、老化現象 老化。それは生きているかぎりだれにも平等に起こる、生き物の定めだ。前向きにとらえれば、それは生きているあかしと言えなくもないけれど、実際はちっともありがたくない。数年前のある日のこと。バスに乗り遅れそうになりバス停まで全速力で走った。つもりだった。でも実際は、サンダルばきのサザエさんの小走りレベルでしかなかった。そして無情にもバスは行ってしまった。どこへ行ったの、わたしの筋力。そういえば、走ったのも久しぶりかも。まるで運動会の保護者徒競走で、自分のイメージに足が追いつかず盛大にコケる中年だ。徒競走、出なくてほんとよかった。というか、この筋力の低下をなんとかせねばと思ったのだった。老化は一瞬たりとも待ってはくれない。 老化対策として、通い始めたスポーツジム それからほどなく、最寄りのスポーツクラブに通うことにした。地味なトレーニングを一人で黙々とする能力が皆無なわたしには、インストラクターが指導してくれるスタジオプログラムが合っている。つらくなってくると言い訳モードが即座に発動し、「ここらでちょっと休憩」とか、「ラスト3回はまあいっか」とか、そういう弱い自分が出てきそうになるから、そのたびに、「おまえさんそこでサボったらダメぞなもし」的圧が飛んでくるような環境が必要なのだ。かっこいい体を手に入れるというよりも、まずはこれ以上老化のスピードが速まらないようにしたい。めざせ現状維持。ということで、全速力がサンダルばきのサザエレベルの筋力低下に歯止めをかけるべく、週末の筋トレプログラムに参加しはじめた。同じサザエでも、せめてそこそこダッシュできるサザエでありたい。最初はとにかくサボりたい気持ちとの戦いだった。スポーツクラブの日は朝になると、天気が悪いからとか風邪ぎみだからとか、突然いろんな言い訳が頭に浮かぶ。どれも完全なる気のせいだから、つまりは自分との戦いだった。プログラムの内容も、最初はついていくのに必死だった。筋トレに使うバーベルはいちばん軽いものから始め、インストラクターに姿勢をチェックしてもらいあれこれ質問をして、そうやって続けていくうちに、自分がいま体のどこを鍛えているのかを実感できるようになっていった。そこまでで1年ぐらいかかった。と思ったらコロナ禍に突入した。あの暗黒期間のストレスはおもに食で発散していたから、わたしはわかりやすく肥えた。顔や背中やおなかにうっすらお肉の層がのり、しかも人に会う機会が減るから全身から緊張感が消えていった。スポーツクラブに行けない期間、家での筋トレは続かなかった。人の目がないとすぐサボる人間に、家で自主トレは不可能なのだ。 体が変わってきたのを実感した、ひと言 やがて長い自粛期間が終わり再びスポーツクラブに通えるようになると、鈍った体をなんとかせねばと再びプログラムに参加するようになった。すっかり消えた筋肉をつけなおさなければ。そうやってまた1年ほどたったついこの間、インストラクターの先生がポツリとわたしに言ったのだ。「体、ずいぶん変わりましたよね」。そうなのだ。自分でもなんとなく、ああ、体が変わってきたなと感じていた。そもそも最初がマイナスからのスタートだから変わるのは当然だとしても、これは地道に続けてきた結果だ。体の変化は、なんとなく気持ちも前向きにしてくれる。とりあえずこれでもう、バスに置いていかれるサザエの気分は味わわなくてすみそうだ。会員のわずかな体の変化にも気がついて、きちんと指摘してくれたインストラクターのひと言もうれしかった。指導者のこういうさりげないひと言って、励みになるし、やる気を引き出してくれるのだ。こういう眼差し、子育てにも応用できるね。勉強になります。 体作り=自分をいたわる時間に そんなわけで、だれに見せるでもない極めて個人的な体力づくりの時間が、いまはわたしの気持ちを支えてくれている。「こんなに筋トレに効果があるのなら、学生時代からやればよかった」「筋トレちゃんとしてたら、あの試合のあのパフォーマンスもかなり違っていたかも」なんてことを、インストラクターや同じクラスの人と話す時間が、いまでは息抜きの場にもなっている。自分の体だけに集中する時間は、じつは自分をいたわる時間でもあったのだ。そしてこの数年間筋トレプログラムに参加してきた結論。筋肉は決して裏切らない。筋肉は老化を遅らせるための強力な味方だ。ついでに視力のほうもなんとかできたらいいけれど、視力って鍛えられるのだろうか。謎。 今回の塾前じゃないごはん 「カリフラワーのスパイシーグリル」 秋も深まると、だんだん寒くなることで甘みを蓄える冬の野菜たち。焼くとさらに甘さとうまみが引き立ってくるカリフラワーもそのひとつ。身近なスパイスをまとわせて焼くと、ビールやワインを呼ぶつまみおかずになります。カリフラワーは茎ごと薄切りする。スマホぐらいの厚みをイメージ。にんにくはみじん切りにする。フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れ、カリフラワーを並べる。弱めの中火でじっくり焼きつつパプリカパウダー、好みで一味唐辛子、塩をふり、ふたをして数分蒸し焼きする。いい色に焼けたらひっくり返し、ふたをせずにしっかり焼く。ポイントは焼きっぱなしにしてさわらないこと。いい香りがしたら完成。仕上げに黒こしょうをひいてレモンを絞れば、ビールもワインもいける、けしからん秋のつまみおかずが完成です。 馬田草織文筆家・編集者・ポルトガル料理研究家。思春期真っ盛りの女子中学生と2人暮らし。最新刊「ムイトボン! ポルトガルを食べる旅」(産業編集センター)。料理とワインを気軽に楽しむ会「ポルトガル食堂」を主宰。開催日などはインスタグラムからどうぞ。インスタグラム @badasaori