無言ティーンとの、静かな闘い。簡単『オイルサーディン炭酸梅茶漬け』のレシピ

［第10回］無言ティーンとの、静かな闘い

［第9回］大好きだけどときに厄介、されどいとしいあいつのこと

思春期ホルモン往路のJC娘と、すっかり大人ホルモン復路をゆくわたし。2人が乗る小舟は、ホルモン大航海時代のまっただ中。たとえ外食先でも、突如身動きの取れない大嵐に合うことがある。

それは久しぶりに娘の塾のない週末のこと。せっかくだから、よく行く中華料理店に出掛けよう、そうしよう。いつもの時間は予約で満席だったので少し早い時間に行くと、店内にはのんびりした空気が流れていた。

楽しい晩酌タイムに、垂れ込める暗雲

この店のメニューは特徴的で、1ページに1品の料理名がおいしそうな達筆で黒々と書いてあり、何度も見ているのに行くたびに一から眺めたくなる。まるで始めてかのようにメニューを読み、まだ食べていないものに挑戦してみようかなと思いつつも、結局はいつもの定番を頼むのが半ば儀式化していた。一方娘はいつも迷わず定番一択で、細長包みの焼き餃子と軟骨唐揚げ、干し豆腐の山椒オイル和えに中華揚げパン。わたしはその日は散々迷ったすえに、珍しく定番のなす山椒揚げを封印し、白菜と春雨のピリ辛炒め煮や梅と大葉の炒飯を頼むことにした。とりあえずそれでお願いしますとオーダーを終え、料理楽しみだね、そういえばこの前ね、としばらくは普通に会話をしていた。料理を待つ時間も外食の楽しみだ。しかしわたしがあるトピックに触れたとたん、わが家の小舟は突如大嵐に巻き込まれた。諭すつもりのひと言に娘の思春期脳は秒で反応し、恐れや怒りをつかさどる扁桃体を強く刺激してしまったのだ。

ここでちょっと考えたい。いきなり怒りモードに突入したJC娘の脳の中は、いったいどんなメカニズムになっているのだろうか。まずはホルモン大航海時代における、ティーンの脳のしくみを知ることが大事だ。そうすれば親であるこちらも、無駄に感情をまき散らさずに済む。たびたびご紹介しているわたしの愛読書、大下隆司先生の『思春期デコボコ相談室～母娘でラクになる30の処方箋～』(集英社)にはこう書いてある。

〜成長途中の思春期脳は、本能をつかさどる古い脳の成長に、理性をつかさどる新しい脳の成長が追いついていない状態。―そのつど感情が丸出しになってしまうのは、感情にブレーキをかける前頭前野が発達途上だからです。

そう、ティーンは体は大きくなっていても、脳はまだ子どもなのだ。

〜さらに古い脳にある扁桃体は、天敵に出会ったときに「闘うか、逃げるか（Fight or Flight）」という生存に関わる状況判断に関係する部位で、思春期にはこの扁桃体が過剰なほど活性化し、性ホルモンやアドレナリンに敏感に反応します。―つまり思春期脳は常に臨戦態勢で、意に沿わない言葉が放たれると、反射的に食ってかかるか、逃げ出すかという行動を取りがちです（以上、一部を部分的に抜粋）。

突如地蔵化する、娘

お気に入りの中華料理店のテーブルで、まさに思春期脳のメカニズムどおり瞬時に闘う態勢に入った娘。それも反論という姿勢ではなく、イヤイヤ期の子どもにもよくある、かたくななまでの無言の抵抗だった。非暴力、不服従。まるでガンジー翁のようなマインドで、地蔵のように固まったのだ。一点を見つめる姿勢を崩さず、食べるのも飲むのもストップ。前髪すら動かない。さっきまで勢いよく餃子を食べていた箸もぴたりと止まった。

おぬし、久しぶりの外食でそれをやるのか。ついさっきまでなぎの様子だったテーブルに、突如起こった静かな嵐。そのただならぬ雰囲気に、店の女将さんは言葉こそないが、どうしたんですか、大丈夫ですかと心配げなまなざしで、料理ののったおいしそうな皿を次々と運ぶ。念願の料理たちが目の前に並び、胃袋を瞬時に活性化するできたてのいいにおいがいっせいに広がる。だが、食べるのはわたしばかり。地蔵と化した娘はうんともすんとも言わない。

でもこの地蔵現象、じつは自分にも覚えがある。まさにわたしもJCだったその昔、夕食どきに親から言われた言葉に反発を覚え、家の食卓で地蔵化して抵抗したことが何度かあったのだ。いや待てよ、JSのときからあったぞ。そのときはたしか旅先のすし屋で、父に言われた言葉に憤慨して地蔵化し、母がその地蔵を気長になだめたのだった（すまぬ母）。立場が変わった数十年ぶりのデジャブで、わたしはあのときの母の役割を担うことに。そうだ、こんなときはしばしのクールダウンが必要だ。わたしはとりあえず料理をどんどん食べ、レモンサワーをごくごく飲んでお代わりに次ぐお代わりを重ねた。

おなかのすいた地蔵娘との静かな攻防

一方おなかのすいた地蔵にとっては、目の前で好き放題食べられるとたまらない。それは地蔵経験者のわたしにもよく覚えがある。怒っていると、余計におなかがすくのだ。どこかで食事を再開するきっかけをつくるべきは、すっかり大人のわたしの役割。しばらくしたら、これ食べたら、これおいしいよと地蔵を食卓に招く。やがて地蔵は少しずつ箸を動かすようになり、その数十分後、フリーズはなんとか氷解したのだった。数十分の出来事なのに何時間にも感じた。なんとか無事食べ終えて会計を終えると、女将さんは最後まで心配顔で見送ってくれた。ご心配をおかけしました、なにせわれら、ホルモン大航海時代を航海中なものですから。

店を出て家に向かい、しばらくはおだやかに話しながら歩いていた。でも待てよ、やはり引っかかる。さっきは突然の娘の地蔵化で最後までメッセージを伝えられなかったけど、やはり親として言うべきことは、どんなに抵抗があってもきちんと伝えねばならぬ。せっかく戻ったなぎの中だったが、自分に冷静さを求めつつ、再びさっきのトピックについてティーンに語りかけた。すると今度は言い合いになってしまい、あげく娘は突然猛スピードですたすたと歩き出した。速い。さすが若者は歩みが速い。あっという間に遠ざかる娘の背中を見つめながら、途方にくれるわたし。ああ、今度は闘うモードではなく逃げるモードなのね。もうこんな夜は、母さん一人で飲みに行きたいです。

でも、そんなときこそおまえさんは家に帰るべきぞと本能が告げたのだった。一人二次会を考えなおし、くたびれモードで家に向かった。きっと帰ったら、また非暴力・不服従の沈黙の嵐かなあ。しかたない。そう思って家のそばまで行くと、鍵を持っているはずのJC娘が家の前で待っていた。その様子はもう地蔵ではなく、いつもの娘だった。どしたの、気分でも悪いのときくと、ごめんなさい、とつぶやいたのだった。あー、神さま地蔵さま。ほんと、飲みに行かなくてよかった。

ホルモン大航海時代、小舟の着岸

わたしの指摘に娘はどこまで理解を示したのかはわからない。が、とりあえず彼女なりに話を受け止め、さらに自分の態度にごめんなさいと言い添えたのだった。これが噂の成長ってやつですね。こちらこそ、さっきは言い方がきつかったかも、ごめんね大人気なくて。

鍵を開けて家に入ると、では飲みなおしますかと枝豆をゆで、わたしはビール、娘はブラッドオレンジジュースでテレビを見ながら二次会を開催したのだった。小舟は無事、港に着岸した。久しぶりの外食は大嵐で全身ずぶぬれになったけど、これもまたいつか、おぬしとのおもしろいメモリーになるのだろう。濃すぎるぜ、ホルモン大航海時代。

今回の塾前じゃないごはん

「オイルサーディンの炭酸梅茶漬け」

オイルサーディンをご飯にのせ、梅干しやのり、薬味を添えて冷たい炭酸水をかけるだけ。真夏のお昼にぴったりのニュー茶漬けです。梅といわしの相性のよさは説明不要かと思いますが、そこにさっぱりした薬味をのせて炭酸水をかけると、さわやかさこの上なし。

え、オイルサーディンって油っぽくないのというかたのために、オイルサーディン缶の製造工程をご説明。下処理したいわしを塩水に漬けてから缶に並べ、オイルをひたひたに加えた状態で缶ごと加熱するので、オイルに触れるのはあくまでいわしの表面だけ。ちょうど肉類のコンフィ（油に入れた肉類を低温でゆっくり加熱する調理方法）と同じで蒸しいわし状態、魚は骨までしっとりほろりと柔らかくなる。ツナ缶のように、ツナの身にまんべんなくオイルがいきわたるのとはかなり違います。

器にご飯を盛り、オイルサーディン、薬味（青じその千切り、みょうがの小口切り、貝割れ菜のざく切りを氷水に５分間さらして水きりしたもの）、梅干し、刻みしょうが、ちぎり焼きのりをたっぷりのせ、冷たい炭酸水をかける。炭酸水の代わりに麦茶やだし汁でもおいしくいただけます。

寒い時期は温かいほうじ茶や緑茶、だし汁でも。わが家ではランチになったり、JC娘が塾前や塾後に食べることもあり。真夏のけしからんほど簡単で健康的なファストフードです。