close

レシピ検索 レシピ検索
馬田草織の塾前じゃないごはん
塾前じゃないごはん=お夕飯のこと。ポルトガル料理研究家で文筆家の母・馬田草織さんとJKこと女子高校生の娘さん。女2人で囲む気ままな食卓の風景をお届けします。さて今晩の「塾前じゃないごはん」は?

初夏の『アスパラと豚肉の炊き込みごはん』レシピと、あの日の娘の黒いランドセル

2023.05.23

初夏のお宝レシピ「アスパラと豚肉の炊き込みごはん」

[第6回]黒いランドセルを、選んであげられなかった

現代のラン活について

子どもにランドセルを選び、買ってあげること。それ自体が、半ばイベントのように〈ラン活〉と名づけられているいまどきの日本。ランドセル経済圏の生き残りをかけた戦いが見えてくる言葉でもあり、あるいは少子化のあかしとも感じる。
いまやすっかりJCに育ったわが家の娘にランドセルを選んだのは、もう8年も前のこと。当時からラン活は盛況で、春にはピークを迎えるほどだった。その手の情報に疎かったわたしはすっかり出遅れ、まだお店に行ってないの、もう選択肢なくなっちゃうよ、というママ友のアドバイスを受け、お盆も過ぎた夏の終わりに娘を連れて、老舗かばん店のショールームを訪ねたのだった。

8年前の、娘の選択とは?

その日の出来事は、いまでもよく覚えている。店内には最新のランドセルが壁面いっぱいに飾られ、まるで画材店の絵の具売り場のように色があふれていた。色の選択肢の多さに加え、素材の違いや加工の繊細さ、ポケット、フック、ネームタグといったオプションの多さは、まるで機能性家電や車を買うかのよう。

さてこれだけの色のなかから、娘はなに色を選ぶのだろう。すると娘は、さーっとカラフルな列を眺めながら通り過ぎ、やがて迷いなく、黒のランドセルを選んだのだった。

そのときの私の心境は、おー、黒とはまた大人っぽくていいじゃない、ではなかった。黒を選ぶそのセンスはとても好きだけれど、でもやっぱり、女の子が黒を選ぶと、学校でまわりにからかわれるような気がしてならなかった。8年前の私は、自分の中にある古い固定観念にあらがえない、心配が先走ってしまう親だったのだ。

娘は黒のランドセルを背負って、右を向いたり左を向いたり、しばらく鏡の前から離れなかった。どうやら気に入っているらしい、困ったことになったぞ。いそいそと違う色を持ってきて見せても、なかなか意見を変えそうにない。そんな娘に、黒はあれだけど紺はどう、などと、わけのわからない提案もした。紺はいいけど黒はだめって、いま考えるとなんのこっちゃである。さらにその店のスタッフも、学校で想像される展開を心配して、ほかの色を盛んにすすめた。

結局、あんなにきっぱりと黒を選んだ娘は、まわりの大人が持ってくる渋めカラーの候補のなかから、黒の代わりにダークブラウンに決めざるをえなかったのだった。

ほんの少しの、苦い後悔

彼女の希望をまっすぐ受け止めきれなかった。その後味の悪さが、いまでも忘れられない出来事になった理由だ。
ふだんから、自分のことは自分で考えて自分で決めなさいとあれほど娘に言っていたのに、いざ自分がやったことはどうだろう。娘が決めたことなら、たとえからかわれたりいじめられることがあったって、なんとか支えていっしょに頑張ろうじゃないかという勇気を、あのときの私は持てなかったのだ。

もう一つのif

それから3年後のある日、朝ごはんを食べながらひとつの新聞記事を読んではっとした。内容はこうだった。

―小学生の女の子を持つ両親が、入学前に娘にランドセルを買おうと店に行き、娘が黒いランドセルを選んだ。お店の人に「女の子で黒だといじめられるかもしれないから、もう一晩考えて」と言われ、結局両親は「気に入ったなら買っていいよ」と黒を買ってあげた。でもクラスの男子からはからかわれ、女の子は黒のランドセルが嫌いになり、カバーや雨よけで隠して登校していた。それが2学期になり、転校してきた一人の友達に「気にしなくていいよ」と言われ、「頑張ってカバーを外す勇気」が出て、それからは黒いランドセルを使っている。

そこには、あのときの私と同じ場面に遭遇した親子がたどった、もうひとつのストーリーがあった。そして、彼女たちのその後の展開は大きく違っていた。自分の意見を表わさず、これまでどおりみんなと同じようにしていることは、ラクだし安心だ。でもそれを続けていたら、結局何も変わらないよねと、新聞記事の中の小学生たちに言われたような気分だった。勇気を持って大きく一歩前に出た家族の話が胸に迫ったと同時に、自分ももう少し、勇気を持てるよう変わっていきたいと強く思ったのだった。

正論と自分ごとのはざまで

いつの間にか刷り込まれた偏見や無意識の差別を変えていくには、固定観念の呪縛から逃れる勇気を持つことが必要だ。人と違っているということを恐れずに、その価値観を自分なりに守ることが大切だ。こういうかっこいい正論は、頭ではよくわかっている。

でも、いざ問題が具体化して自分ごとになると、どんなささいなことだって、とたんに判断がむずかしくなるのだ。あらゆる差別の問題も、その根幹は、子どものランドセルの色選びと同じ。新奇な意見を強い気持ちで主張するということは、実際にその場に出くわすとかなり勇気がいる。そしてそれは、残念ながら歳をとった人間ほど難しくなるように、私には思える。

だからいまでも〈ラン活〉の報道や記事を目にすると、店でのあの日のことを思い出してしまう。黒で決まり、その選択すごくいいねと言ってあげられなかった後悔。もし次に似たようなことがあったら、わたしはできるかぎり本人の考えを尊重したい。ランドセルの次は、進学先や生き方の選択かもしれない。私は8年前より、彼女の決断を受け止められるのだろうか。そう考えたとたん、さっきまで飲んでいた朝のコーヒーが、急に苦く感じた。

中学生になった娘にきいてみた

で、娘にあらためてきいてみた。8年前のあの当時、もしもあなたが黒のランドセルで登校していたら、からかわれたりいじめられたりしたのかな、と。

すると娘は「たぶんだけど、私の小学校ではそれはなかったんじゃないかな。すでにいろんな色の子がいたし。どっちかというと、男子が赤やピンクのランドセルを選ぶほうが、あれこれ言われたかもね」と答えた。なるほどね。女子同様男子にも、刷り込まれた色の固定観念はあるのだ。

女子の背中に黒、男子の背中に赤を想像してみた。かっこいい眺めだ。すると娘は続けた。「それよりあれだよ、ランドセルってめちゃくちゃ重かったじゃん。そもそもだけど、いらなくない? リュック的なものでよくない?」。そうだった、まさに〈それな〉だ。

買う前は色ばかりが気になっていたけれど、6年間ランドセルを背負って登校した当人に言わせれば、問題は色より何よりあの重さだった。実際、教科書をフルに詰めたランドセルは、大人でも思わず「重っ!」と言うほどのヘビーさだった。といっても最近のランドセルメーカーの企業努力は目覚ましく、ランドセル自体を持ってみると確実に軽くなっている。ということは、問題は教科書を学校に置いておけないルールの見直しのほうにありと見た。でも、それはまた別の話。

ルールうんぬんはさておき、あらためてこれからの私自身に求めること。それは、生活圏内でこそ発揮すべき小さな勇気だ。やがて次に登場するであろう子どもがらみの選択には、どんと構えて臨みたいものである。果たしてうまくできるのだろうか(頼むぞ自分!)。

今回の塾前じゃないごはん


「アスパラと豚肉の炊き込みご飯」

初夏のお宝、アスパラの季節が継続中。今回はアスパラと豚肉のご飯ものです。晩酌しながらアスパラをつまみ、豚肉をつまみ、最後にご飯を食べればひと皿で夕ごはんが完結アスパラのゆで汁をだしに使い、ワインビネガーをかくし味にしてお酒を呼ぶ味に仕上げます。ご飯に押し麦やもち麦を加えると、ぱらっと軽くて食べやすい。食物繊維やミネラルも同時にとれるしね。

アスパラは下の堅い皮をむき、根元の堅い部分を切り落とす。玉ねぎ1/2個とにんにく1かけはみじん切りにする。豚肩ロース肉150gは大きめの一口大に切ってかるく塩を振る。鍋に水と塩少々を入れて沸かし、アスパラを皮ごと入れ、堅めにゆでて食べやすく切る。ゆで汁はとっておく。

フライパンを温めてオリーブオイル少々をひき、肉を中火で焼きつけて取り出す。玉ねぎとにんにくを入れ、鍋肌についたうまみをこそげながら透きとおるまで炒める。肉を戻し入れ、白ワインビネガー大さじ2を加えて酸味を飛ばしながら炒め、米1/2合と押し麦1/2合を加えて炒め合わせてから、アスパラの茹で汁240ml(足りなければ水を足す)を加える。

ふたをして沸くまで数分強火にかけ、沸いたらごく弱火に落として8~10分炊く。火を止めてゆでたアスパラを散らす。蒸気が米に落ちないようにふきんをかませ、ふたをしてそのまま5分くらい蒸らす。米が堅いようなら蒸らし時間を延ばす。最後にかるく混ぜ、黒こしょうをひいて完成! ビールもワインもぐんぐんすすむ、初夏のけしからんご飯です。

馬田草織
馬田草織
文筆家・編集者・ポルトガル料理研究家。思春期真っ盛りの女子中学生と2人暮らし。最新刊「ムイトボン! ポルトガルを食べる旅」(産業編集センター)。料理とワインを気軽に楽しむ会「ポルトガル食堂」を主宰。開催日などはホームページ(http://badasaori.blogspot.jp)からどうぞ。
インスタグラム @badasaori

『馬田草織の塾前じゃないごはん』 毎月第2・第4火曜更新・過去の連載はこちら>>>

ヘッダー写真/砂原文

関連タグでほかの記事を見る

SHARE

ARCHIVESこのカテゴリの他の記事

TOPICSあなたにオススメの記事

記事検索

SPECIAL TOPICS


RECIPE RANKING 人気のレシピ

PRESENT プレゼント

応募期間 
2024/4/23~2024/5/6

ニューラウンド万能鍋プレゼント

  • #食

Check!