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  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
1月13日 心の持ち方、今、これから
残り時間が減っていく
 老いに向けての心の持ちようは、少しずつ書いてきた。エイジングにともなう小さな変化に出会ったときの、そのことの受け止め方として。
 いちばんの大きな変化は、人生の残り時間の方が短くなることだ。私はそれを五十代に入ってはっきりと意識した。
 四十代のうちはそうでもなかった。
「平均寿命までめいっぱい生きれば八十六歳。すると今は折り返し地点をちょっと過ぎたくらいだわ。もの心つくまでは、あんまり“私”として生きていなかったから、そのぶんの数年を差し引いたら、ちょうど半分くらいかしら」
 これまでと同じくらいの時間が自分にはあると、かなり無理やりだが考えていた。
 五十代になるともう、そのごまかしが効かない。
「成人してからが、ほんとの自分の人生だとしたら、それから今までが三十ン年。これから八十六までを計算すれば、まだ同じくらいあるじゃないの」
 と言い張るのは強引すぎる。半分はとうに過ぎたことを認めなければ。
 夜中ぽっかり目がさめたときなど、そのことを考え妙にどきどきし、
「この動悸、もしかして更年期障害?」
 と思うのだった。
いちばん本質的なこと
 二十代の頃、中高年の人に年を聞かれて答えるたび「いいわねー、若くて」「羨ましい」と言われることに面食らい、少々腹立たしかった。若いだけでなぜに、いいんだ? 若いなりに悩みや苦労はあるんだ、みたいな反発があった。
 でも今は当の私が、同じことを二十代の人に言ってしまいそう。お肌がどうとかスタイルがどうとかそんなこと以前に、「まだまだ時間がいっぱいある」、そのことだけで無条件に羨ましい。
 この世にこれまでいた時間より、これからいる時間の方が少ない。シビアな話だが、このさびしさや焦燥感が、老いに向けてのいちばん本質的な心の課題だと思う。六十代、七十代と進むにつれ、残り時間は確実に減っていく。より大きくなるだろうさびしさや焦燥感を克服するすべを、私は持てるだろうか。
 が、自分より年上の人たちの話を注意深く聞いているうちに、そういうものでもなさそうに思えてきた。
不安の中味は変わっていく
 七十代のある男性は、だんだんに死がこわくなくなったと言っていた。かつては考えるのも嫌で、遠ざけておきたい気持ち一辺倒だったが、それはそれで安らぎのひとつのかたちとして親近感や慕わしさのようなものまで持つようになったと。
 六十代に入ったある女性は、残り時間というより「生まれ直し」ととらえていた。「還暦って、干支がひと回りして生まれた年に還るのよ。すごく新鮮」と、これまでしたことのなかった書道と水中ダンスに通いはじめている。
 年をとればとるほど、さびしさや焦燥感が増していくわけではないらしい。むしろ折り返し地点を過ぎたばかりの五十代に特徴的なものなのでは。
 振り返れば、三十を迎える頃は「このままずっとひとりだったらどうしよう」とこわかった。それが実際にずっとひとりで来た今は、どこ吹く風だ。
 その年代、その年代ならではの不安がある。昔はなかった不安を今感じているとしても、年をとればとるほど乗り越えがたくなるのではと考えなくていい。時が解決してくれる。
 そう信じるのを、これからの心の持ち方の基本にしよう。


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ
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