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  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
5月13日 定食屋さんに入る
魚も野菜も結構とれる
 郊外の駅からやや遠いところへ、法事に行ったときのこと。知人とともに駅まで戻り、くたびれた顔を見合わせ、「どこかでお茶でも飲んでいく?」「それとも食べてしまおうか」。知人が指さす看板は、定食のチェーン店。私にははじめて入る店である。
 メニューを開いて驚いた。「魚のおかずが結構あるんだ」。
 白身魚を大根おろし入りのつゆで煮たもののセットを頼んだ。
 運ばれてきてまた驚く。「野菜も結構とれるんだ」。おろし煮そのものにも、れんこんや人参などの具。外食でとれる野菜は、申し訳程度に付いてくるサラダくらいと思っていたら根菜までも。外食に対する観念、変わった。
作らなくてすむって楽
 遅めの夕飯の時間帯。店内は会社帰りと思われるスーツ姿の若い男女でいっぱいだ。
「もし今ひとり暮らしをはじめたばかりだったら、頼りにすると思うな、ここ」
 と私。栄養もとれるし、なんたって楽。
 実際その晩の帰宅後は、着替えて風呂に入るだけ。スーパーで材料を買ってきて料理し後片付け、という作業が全部なくてすむ。夜の時間にゆとりができるし、疲れもとれるのではないかしら。
 次の日も法事の続きで、昨夜の知人といっしょになる。帰りに二人店に入るのに、二人の間に多くの言葉は要らなかった。
 私は白身魚の甘酢炒めのセットを注文。野菜や魚をとらねばと頑張って家で作っていたのは何だったのかと拍子抜けするほど。この楽さ、癖になりそうだ。
 その次の日は法事はなかったけれど、仕事帰りに「あのチェーン店、うちの近くの駅前にもたしかあったな」と看板を探していった。焼き魚のセットを注文。三日続きの解放感だ。
調節が難しい
 心が軽いのと裏腹に、体は重くなってきた。便秘である。繊維はそこそことれているはずなのに、野菜と魚、野菜とご飯などのバランスが家でと微妙に違うのか。ご飯そのものも家では胚芽米や玄米だ。分量も自分でお茶碗によそうとき「今日は胃腸が活発でないな」とか「この数日、運動していないな」と無意識に加減しているのだろう。
 油や調味料を、店では多く使っている感じ。おろし煮も黒酢炒めも魚をいったん揚げてあった。油を忌避して焼き魚にしたわけだが、小鉢、漬け物、ひとつひとつの味が濃い。食べ盛り、働き盛りの若い人に満足してもらうためには、仕方ないでしょうけれど。
 はじめてメニューを見たときは選り取りみどりに思えたのに、意外にも三日で飽きてしまった。
 デリカテッセンが最寄り駅のビルに何軒も同時オープンしたときも、そうだった。最初はあれもこれも野菜たっぷりで目が迷うほど。「こんなのできたら、家で作る必要なくなるんでは」と思ったけど、今は素通り。自分で調節できる方が、やっぱりよくて。
 新聞に九十二歳の女性からの投書が載っていた。この年になったんだから「料理はもう嫌」と言っていいんだと思い、三食付きのケアハウスに入居したと。そういう選択も将来的にはありとしながら、体力の続くうちは「基本、自炊。たまの外食も可とはする」くらいで行くつもり。


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ