close

レシピ検索

食材からレシピを探す

  1. HOME
  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
9月9日 一生の趣味を持つ
これだけは続けたい
 俳句のことは前にも書いたが、先日また俳句関係のパーティーに出た。俳句の会の設立何十周年を祝うもので、おおぜいの会員がホテルに集まる。
 はじまる前や休憩時間のトイレは賑やか。会員どうし交わす会話が聞こえている。
「あらー、お久しぶり」「お元気そうじゃない」。笑顔で抱き合う二人。七十代後半か八十代とおぼしきご婦人だ。
「そうでもないの。あちこち弱ってお医者さんのお世話にばっかりなっていて。でも俳句だけは続けようと思って、今日は頑張って出てきたの」「私もよ。これだけはね」
「だけは」のところに力をこめて言っている。
 そうなのか、とうなずく私。俳句って年とってもずっと続けられる趣味なんだ。
七十六歳ではじめる
 別の会話も耳に入る。
「はじめて十年になるのに、年とるだけで全然上手くならなくて」「そんな。お若くていらっしゃるわよ」「私もう八十六になったのよ」
 思わず引き算してしまった。八十六マイナス十ということは、はじめたとき七十六歳!? その年で新しいことに挑戦しようというのがすごいし、それが可能な俳句もすごい。いくつからでもはじめられる趣味なんだ。
 知人の女性は会社員時代から俳句をたしなんでいたが、定年後は吟行句会に飛び回っている。句会は人と集まって締切までに句を出し、参加者どうし選び合うものだが、吟行はそれにお出かけの要素が加わる。皆でどこかを歩いて、そこにあるものを題材に句を作る。
 知人の場合、勤めていた間はがまんしていたところへ、ここぞとばかりに行っている。奈良のお水取り、吉野の桜、京都の祇園祭……主要な年中行事はほぼ制覇しているのではと思われるほど。
色つやもよくなって
 眉間のしわが完全にとれ、会うたびに肌の色つやもよくなり、確実に若返っている。定年するといっきに老け込む人も多いのに、その人は逆。
 脳の刺激には人と会って話すのがいちばんと、先日どこかで読んだ記事に書いてあった。「わー、どうしよう」とびっくりすると脳の血流量が増え、認知機能向上にもつながる可能性があるのだと。俳句はその両方を兼ね備える。句会では句を出すにも選ぶにも制限時間があるから、まさしく「わー、どうしよう」と焦るし。その上吟行をすれば足腰が鍛えられそう。
 俳句以外にも似たようなものはあるだろう。私はたまたま出会った俳句を、一生の趣味として手放さずにいくつもり。


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
バックナンバー
イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ