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  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
9月22日 家具を減らす
お気に入りのテーブルとソファ
 家具を減らす決断をした。直径一メートルほどの円形のコーヒーテーブル。古い洋館の階段の手すりのような彫りが、脚に施されているもの。父が子どもの頃から家にあったという。
 はじめは処分するつもりはまったくなかった。むしろ家具がもうひとつ増える予定だった。
 父の家に置いてある革張りのソファベッド。以前私が贈ったものだ。
 買うときは、それはそれは力を入れた。座ってくつろげるように肘掛けがちゃんと付いていて、なおかつベッドにしたとき存分に体を伸ばせる長さがあって、疲れにくい低反発素材のもの。張る革は十色以上から選んで注文製作。うす緑と青の中間にした。明るい色で部屋のアクセントになり、それでいて落ち着いた茶色の家具にも合う。使わなくなったら私が引き取ってもいいように、自分の家のリビングの敷物や飾り物との相性まで考えた。
スペースと使用頻度を考えて
 そういう経緯の品なので、実際父の家で不要になっても、処分なんてあり得ない。当然こちらに持ってくる気で、寸法を詳しく測る。今リビングの壁際にあるコーヒーテーブルをまん中の方へ出し、後ろにソファベッドを置くならば、「うん、なんとか入りきる」。
「でも」……われに返ってシミュレーション。そうするとリビングがまた狭くなる。今でさえ毎冬ホットカーペットを敷くのがたいへんなのだ。コーヒーテーブルを持ち上げ、ホットカーペットを足で押し込み、操作パネルにかぶらないようセンチ単位で位置をずらして。ソファベットが加わると、操作パネルは完全にその下になる。
 ソファベッドがあったって、私、それに寝るだろうか? 客が来たときのため? この家に住んで十六年間、泊まりがけの客なんていっぺんも来なかった。
 あの色のソファとコーヒーテーブルとでお茶したらすてき。でも、そもそもこのコーヒーテーブルでお茶したことはあったっけ? 飲むのはいつも食卓で。目にしてなごむ家具だけど、本来の用途では役に立っていないのだ。そして直径一メートルは、見て楽しむだけにしては場所を取りすぎ。
「思い出の品」とどう付き合う
「どちらも思い出のある品。簡単に手放していいのか」というためらいもある。が、それを言い出せば、この先私はモノに埋もれた人生を送るだろう。ある程度の年になれば身辺に「思い出のない品」などひとつとてない。思い出は、モノにでなく心にあればいい。そう割り切らないと。
 幸いソファベッドは姉が引き取ると言ってくれて、わが家のコーヒーテーブルもこの機会に譲ることにし、つい先日運び出したばかり。
 少しさびしくはなったけど、同時にすっきりした気持ちでもある。そしてこの先、処分したのを後悔することは、たぶんないと思われる。 


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ