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  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
1月27日 不安が大きくなったなら
クリニックからの電話
 いろいろ言っても、年をとるのは楽しみよりも不安の方が大きい。そんな自分にカツを入れられるできごとがあった。
 健康管理のため四週間にいっぺんの割で通っている漢方クリニックがある。そこから携帯に電話があった。この前の検査結果が思わしくなかったので、いつものように間をあけずなるべく早く来るようにと。
 この前の脈診で、何か変だと先生が感じ、念のため血液検査もした。漢方を出しているが、医師のいるクリニックだから、ふつうの検査もできるのだ。その結果が出て、とり急ぎ知らせてきたのである。
 その日は仕事があったので、後日行くと答えて切ったものの、その電話は意外な重さで胸にこたえた。
人生、行き止まり?
 朝九時にわざわざかけてくるなんて、事態はよほど深刻なのでは。血液検査の項目からすると、かなり難しい病気である。四十代で病気をし、ようやく健康を取り戻し、親を送るという任も果たして、さあ、将来に向けて人生を歩みはじめましょうというところで、いきなり行き止まりになってしまうのか。
 無駄に心配させても申し訳ないので、精密検査の結果を先に言えば異常なし。今は漢方だけ週二回通っている。そこに至るまでの一ヶ月が結構きつかった。精密検査もいろいろあって、すぐに予約がとれるとは限らない。病気の疑いをひとつずつつぶしながら、
「世の中には治らない病気と共存している人がいっぱいいるのに、疑いくらいでこんなにおたおたするなんて、私ってほんと、打たれ弱いな」
 と思っていた。
 そんな中気分転換になったのが、つまらないようだがフィギュアスケートなのである。
へたっていられない!
 フィギュアを観戦するのは割と好きだと、これまでも書いた。病気の疑いにめげて、感じやすくなっているとき、殺人などのニュースはヘビー過ぎて、過去に録画していたフィギュアを見ていた。
 選手たちの若さと健やかさを、ふだんよりいっそう手の届かないものに感じながら、そのうちふと思ったのだ。
「この人たち、どんな中年になるんだろう」
 子鹿のような肢体で力いっぱい競技している美少年美少女も、やがて現役生活を終え、解説者や指導者として再びテレビに映るだろう。そのときどんなオジサン、オバサンになっているのか。
 太っていてもいい。大写しに充分耐えていた肌が衰え、たるんでいてもいい。衣装を脱いだら意外と残念なファッションセンスな人だったとしてもいい。ふつうにオジサン、オバサンになっているのを見届けよう。
 最年長の高橋大輔でも、あと二十年はかかる。羽生結弦や宮原知子ら新世代になると、あと三十年。
「まだまだへたっていられない!」
動機は多ければ多いほど
 四〇代早々で病気をしたとき、老後はいったん遠のいた。老後なんてあるだけでめっけものだと思った。
 それがいつの間にか老後といえば、不安が先立つようになっていた。
 今回の騒動は、老後のあることの幸運を私に思い起こさせてくれた。
 これからも不安が楽しみを上回りそうになったときは、初心に返る……ではないけれど、この気持ちに戻ろう。
 同時に「これだけは見届けないと」みたいな、長生きする動機をみつけよう。人から見ればくだらない、自分でも言うのをはばかられるようなことでいい。ペットのカメを残していけないとか、そんなことでいいから。何であれ、動機は多いほどいい。
 騒動で学んだ、年をとることに向けての教訓である。


「岸本葉子の年をとるって、こんなこと?」は、今回が最終回です。
長い間ご愛読をありがとうございました。
この連載をまとめた単行本が、4月ごろ発売になる予定です。
ご期待ください!


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ
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