暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
- 保管付きのクリーニングにダウンコートをようやく出した。他の服といっしょにひと箱いくらで秋まで預かってくれるもの。途中で一着だけ返してもらうことはできない。
こうまで遅くなったのはフィギュアスケートとの関係で。昨冬私はフィギュアスケートにはまったのです。
きっかけは羽生結弦選手の登場。ショートプログラムで世界歴代最高得点を更新したとニュースで知り「そんな人いたっけ? 高橋大輔ならわかるけど」。なにげなく調べて一昨シーズン十七歳で臨んだ世界選手権の動画に、私の心はわしづかみされた。あどけなさの残る顔立ち、華奢な体つき、途中転倒しながらも渾身の演技で、初出場にして劇的なメダル獲得! 繰り返し再生したので、何分何秒で転倒するかまで覚えてしまった。
- それを機にテレビで試合を放映していれば見るように。新聞のテレビ欄で、バラエティの特番をSPと書いてあるとショートプログラムと誤読するほど。日本のフィギュアスケーターは男子女子とも仲がよく、リンクサイドの映像も微笑ましい。性格がよくてけなげで「大ちゃんも真央ちゃんもみーんな好きだよー」とテレビの前で応援しつつ、やっぱり特に気になるのは羽生選手かも。仕事先で彼の話が出たとき「あの人まだ十七歳でしょ」と言う人に「おととい十八歳になりました」と誕生日をふまえ正確に答えていた。詳しすぎる!
シーズンが終わると気が抜けてしまった。来シーズンまで「動く」姿を見られないとは。昨シーズンの名場面をネットの動画で振り返るうち、演技以外のオフショットまで観賞しはじめ、これってファンのとる行動? ジャニーズにも韓流にもはまらずにきた私はファン心理にうとく気づかなかったが、もしかしてこれがそれなんでは?
- やがて夏の間試合はなくてもアイスショーというものがあると知りました。氷が溶けないくらいだから、会場はすごく寒いらしい。行くなら完全に冬装備、ポケットカイロ、膝掛け必須という。ダウンコートは当然要る。
しかしこの年で冷蔵庫なみの寒さの中、水分を控えトイレもがまんしての観賞に耐えられるか。バナーを掲げリンクに花束を投げ入れるファンのエネルギーに圧倒されそう。ファンになったとはいえ、手作りのプレゼントを渡したいとかふれあいタイムでお話ししたいみたいな願望は、私にはない。相手は高校生ですからね(この春卒業したが)。ただ、美しいものをうっとりと眺めていたいだけ。
アイスショーは私には無理そう。思いを断つためにも、意を決しクリーニングに出したのでした。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『俳句、はじめました』(角川ソフィア文庫)、『買おうかどうか』(双葉文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。
- 『ちょっと早めの
老い支度』 - 50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。