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年をとるってこんなこと?

暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。

7月23日 魔法つかいのはなし

不思議なことが
  「近頃はなんだか魔法つかいと同居しているみたい」
  ずいぶん前に知り合いの年配女性が言っていた。ついさっき置いたはずのものが、見るともう消えている。不思議に思いながら探してもみつからず、別のところから突然現れる。魔法つかいがそばにいてものを隠したり移動させたり、いたずらを楽しんでいるかのよう。
  「自分の家にいるのに魔法の館に住んでいるみたい」
  高齢ながらかわいらしさの残るご婦人、メルヘンチックな比喩をするものだと感心したけれど、今の私はわかります。かわいらしさとは無関係。魔法としか考えられない出来事がしょっちゅう起きる。
「ない、ない」と慌てる
  先日は大阪駅で。改札へと歩きつつ、バッグの中をかき回す。切符がない。左の内ポケット、右の内ポケット、財布の中にも。ひとつ手前の新大阪駅では持っていた。新幹線から在来線へ連絡する改札でも、乗車券と特急券を重ねて入れて、
  「ここで乗車券を取り忘れる人がよくいるが、注意深い私はそれはしない」
  出てきた乗車券をしっかりつかんだ。
  大阪方面行きホームに降りると、次の電車まで九分。時間をむだにしない効率的な私。九分あればトイレに行けると判断、今来た階段を昇りはじめる。そのときも切符を握り締めていた。
  その先の記憶が飛んでいる。もしかしてトイレに置いてきた? 
  大阪駅の改札係員に平謝りし、新大阪からの百六十円を払うだけで勘弁してもらった。
  改札を抜けつつ、手にした透明ファイルを見る。目的地への地図を確認するため。するとファイルになんと切符が! 改札でもたつかないよう、そこを通るとき必ず使うファイルにあらかじめ切符を用意しておいたのだ。
先回りしすぎ
  私の場合、この準備しすぎる癖が、魔法つかいのつけ込む隙になるようです。不在時に配達されたゆうパックを取りに、郵便局まで行ったときも。本人確認のための保険証を窓口で出そうとすると、ない。なぜーっ。いつも財布に入れているのに。
  「ク、クレジットカードではだめですよね、はい。すみません、出直します」
  すごすごと帰って探せば、二つ折りした不在配達票に挟んでバッグの中に。窓口でもたつかないよう、あらかじめセットにしておいたのです。
  もたついてもいい。先回りして忘れるよりは。魔法つかいに翻弄されないため、そう自分に言い聞かせました。
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1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『俳句、はじめました』(角川ソフィア文庫)、『買おうかどうか』(双葉文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。

岸本さんの本

ちょと早めの老い支度
『ちょっと早めの
老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ