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  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
8月26日 持たない暮らしは理想でも
抽象画のような空間
「持たない暮らし」といったテーマの特集記事は、興味があってよく見る。ある記事はそうした暮らしを実践している室内写真を載せていた。
 全体に抽象画のよう。白い壁の前にテーブルと椅子がひとつ。ものが出ていないので、壁や家具の直線が目立つ。
 食器戸棚の引き出しのひとつを開け、上から撮った写真は一瞬、額縁に入った絵かと思ってしまった。まっ白な四角の中に縦に置いたスプーンが三本、等間隔で並べてある。その引き出しの中はそれだけ。
「余計なものを削ぎ落としていったら、これしか残らなかったから」
 という本人のコメントが載っていた。
 かっこいい。と、同時に思う。
「これって、じょうぶな人でないとできないわ」
予備というものの必要
 たしかに私もよく使うスプーンに絞ったら、三本くらいになるかもしれない。が、「予備」というものが必要だ。
 使ったらただちに洗う原則を絶対に守れるなら、三本で充分だろう。が、なんとなくくたびれたり、すぐには台所に立つ気が起きなかったりで、後でまとめて洗おうとシンクに放置するうちに、三本なんてあっという間に使ってしまう。
 ストックというものを置かない暮らしをしている人の記事にも、同様のことを感じた。
 三十代女性であるその人は、ティッシュペーパーにしても家にあるのは今使っているひと箱だけ。切れそうになったら、買いにいく。
 まとめ買いでないと割高ではとの、取材者の問いに、
「何よりも高いのは家賃ですから。ストックを置く分の家賃を思えば、そのつど買った方が安い」
 と答えていた。徒歩五分のところにコンビニがあり、コンビニをわが家のストックルームと考えればいいと。
体力や健康がいまひとつのとき
 理屈としてはよーくわかる。が、その五分のところへ行けないときもあるのが現実だ。風邪で節々が痛だるいとか、熱でふらふらするだとか。そしてそういう風邪のときこそ、ティッシュペーパーひと箱が信じがたいほど早く空になってしまうものなのだ。
 体力や健康状態がいまひとつでも、根性で五分歩き通してしまえるのが若さかも。そうでない場合、やっぱり予備はほしいもの。
 私はこの先年をとっても、かつての私の母のようにものをためておく人にはならないだろう。もののない時代に育ち、もののない苦労の身にしみている母は、紙袋の一枚までとっておいたが、私はそのへんは割り切り捨てている。
 持たない暮らしを理想としつつ、最小限プラスアルファの「アルファ」の見極めが、今後の課題となりそうだ。


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ