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  2. 岸本葉子の 年をとるって、こんなこと?
暮らしの中でふと感じる「これってトシかも?」。困りごとや心配ごとだけでなく、大人ならではの楽しみも。おねえさん世代の岸本さんが送るリアルな「体験レポート」です。
7月22日 目はこうで、耳はこうで
試供品の字が見えない
 こまかな文字がどんどん見えづらくなっている。もともと遠視だったこともあってか、老眼になるのは早かった。
 手もとの文字は輪郭をなさない。試供品でもらうスキンケアやヘアケア製品の小袋の字は、ほぼ全滅。
 旅先に持っていき風呂に入ってしまってから、
「どっちがシャンプー?」
 となり、メガネをかけに部屋へ戻ることもある。もっと大きな字で書いてほしい。
 その割に耳の聞こえは悪くならない。よすぎるくらい。人間ドックで聴力検査をすると驚かれる。機械につながるイヤホンをつけ、音がしたらボタンを押すというものだが、
「なんか蚊の羽音のようなものが遠くからしてくるけれど、この音のことでいいのかしら」
 とためらいつつ押すと、「えっ?」という顔の検査員。
 そのくらいの音量に反応する人はめずらしい、子どもにはままいるが、と言われた。
車内放送から逃げ回り
 混んだ電車は当然つらい。「うんちく語りたい男」が近くにいると頭が痛くなり、女子高生のグループと乗り合わせた日には地獄だ。
 空いた電車もそれはそれで厳しいものが。
「今日もJRをご利用下さり、ありがとうございます。次の停車駅は……」
 アナウンスが響きすぎ、天井に点々とついているスピーカーの位置を確認しながら、なるべく離れた席へと逃げて回る。もっと小さな声で言ってほしい……とは、そのくらいの音量でないと聞きづらい人もいるだろうから言えず、耳栓を持ち歩き自衛することにした。
 目と耳の衰え方の足並みが全然揃わない。
 九十歳の父も聴力はいいらしい。室内にいて、
「あれ何の音?」
 と問われて気づけば、ベランダの手すりに、風で飛んできたらしきビニール袋がひっかかって、かさかさとこすれている。こんなこまかな音を拾うとは! 台所で私がせわしく洗い物をする音など、さぞやうるさかったのでは。静かな動作を心がけるようにした。
一律な対応への自衛策
 父が入院中、看護師さんが父の耳元に顔を寄せ、
「××さーん、血圧を測ります、腕を伸ばして下さい」
 と大声で呼びかけている場面に遭遇した。本人にすれば、耳元に拡声器を押し当てられ叫ばれるようなものなのでは。
 お年寄りは耳が遠いものと、一律に考えての対応だろうか。あるいは、年をとると音として聞こえていても意味をただちには呑み込めないことが多くなる(私もときどきある)が、それを「聞こえていない」と思うのかも。
「本人、聴力はいいので、ゆっくり話してみていただけますか」。看護師さんにお願いし、次に入院したときは問診票にあらかじめ書いておいた。
 機能の変化は人それぞれだし、同じ人の中でもアンバランス。病院なり施設なりで過ごすことがあったら、環境ストレスを減らすには「目はこうで、耳はこうです」と自分からアピールするようにしよう。


岸本さんの本 『ちょっと早めの老い支度』
『ちょっと早めの老い支度』
50代が近づいたとき、老後の準備を考え始めたという著者が、どんなときに老いを意識し、どんな支度を始めたかを率直に綴ったエッセイ。
1961年神奈川県生まれ。エッセイスト。保険会社に勤務後、中国・北京に留学。自らの闘病体験を綴った、『がんから始まる』(文春文庫)が大きな反響を呼ぶ。著書は、『ちょっと早めの老い支度』(小社)、『ためない心の整理術 』(佼成出版社)、『「和」のある暮らししています』(角川文庫)など多数。共著に、『ひとりの老後は大丈夫?』(清流出版)がある。 岸本葉子公式サイト>>
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イラスト/松尾ミユキ 人物写真/安部まゆみ