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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】グラビアのケンタロウに誘われて。小林カツ代の「ぶん回しおにぎり」を作ってみた

2023.08.26

小林カツ代さんの「ぶん回しおにぎり」。『ママがせんせい 食べてほしいもの・守ってほしいこと』(女子栄養大学出版部)より

第4回「グラビアのケンタロウに誘われて。小林カツ代のぶん回しおにぎり」

第3回「旨すぎて倒れる。カツ代さんの伝説の肉じゃが、肉汁ハンバーグ、ポテサラを食す」

謙遜でもなんでもなく、あらゆる育児本を読んだが、どれ一つとして実行できなかった。育児本って、想定されている読者のレベルがすごく高いような気がする。実際、その通りなんだろうけど「今この瞬間を頑張らないと、近い将来、あなたも子どもも不幸になるぞ」というメッセージが、就活本に似ていて、恐怖で具合が悪くなる。20年以上前、張り裂けそうな焦燥感からマニュアルを叩き込み、全身全霊で挑んだ就活。内定がでた時は社会に受け入れられたようで本当に嬉しくほっとしたが、働き始めてわりとすぐ、先輩に「会社をすぐにやめて、小説家になれ。たぶん、小説家以外、あなたにできる仕事はない」と言われ、今に至る(この先輩をモデルにした小説が『ランチのアッコちゃん』である)。


「ずぼらママ」向けコンテンツも、どの人も私よりズボラではないように思う。私は財布もカバンもどんなに前日整理してもぐちゃぐちゃで、昔から気が散りやすく、夫とは桃の皮をむくむかないで日々あげあしとりの口論、目の前の子どもより空想(小説の構想とかではない)やLINEに夢中になってしまうし、動くのが昔から嫌い。この夏はとくにやる気がなく、腰から下がいつもだるい。子どもは寝ないし、野菜はたべないし、本をたくさん読んであげたが、絶対にYouTubeの方が好きだ。
『ママがせんせい 食べてほしいもの・守ってほしいこと』(1983年・女子栄養大学出版部)より

そんな私が今、楽しく読んでは、せっせと作っているのが、小林カツ代が昭和58年に出版したレシピ『ママがせんせい 食べてほしいもの・守ってほしいこと』(女子栄養大学出版部)である。家事育児を担うのは女性が当たり前だった時代を考えれば、このタイトルに違和感はないが、そこはさすがカツ代さん、「ママは生活科のりっぱなせんせい(ほんとうはパパも)」と添えるのを忘れない。


連載初回で書いたが、コロナ禍、私はメディアが推奨する、ママが子どもを楽しませる「おうち~」レシピをほぼすべて実行したあげく、料理が嫌いになり、その上、私の作るものばかりで過ごした子どもが、外食するようになるとその強烈な味つけに夢中になってしまい、家庭料理をほぼ拒否、という悲劇を経験しているため、子とママのクッキング的なコンテンツを見かけるだけで、百害あって一利なし、と睨みつけている。だいたい、なんで料理をするのがママと決まっているんだ?


しかし、この本はとにかくわかりやすく、愉快。子どもウケを意識した面倒そうなキャラ弁的なものが一つもないのがありがたい。大人目線でも非常においしそうなミニマム調理で済む季節の料理が紹介されている。月見に食べるシンプルな白いお団子、さつまいもご飯、親が具合のわるい時に子どもだけで仕上げられる炊飯器ひとつのカレーピラフ。工作感覚で作るお麩、絵本の挿絵みたいなクリスマスの鶏の丸焼き。
最近、カツ代さんレシピをいろいろ集めるうちに、調理工程だけでもいいが、彼女の文章が添えられた、初期のものがとくに好き、と気づいた。このレシピは薄い本ながら読みどころも多く、彼女の思想がもっともよく表れている気がする。字が大きくて写真たっぷりなのも、夏のだるい頭には、ありがたい。


なんとこのグラビアの子どものモデル、カツ代さんの実子、まりこさんとケンタロウさんなのである。料理する2人は、頬がバラ色で、実に生き生きと瞳がきらめいている。『ママがせんせい 食べてほしいもの・守ってほしいこと』(1983年・女子栄養大学出版部)より

私にとっての育児本はもうこれ一冊でいいような気がしている。
もちろん、おやつは決まった時間にできるだけ自然な甘みのものを、子どもが手伝いやすい動線を確保し、ごく当たり前のこととして家事を身につけさせる、時間がかかってもまず子どもにやらせてみる―――。


はっきりいってカツ代さんの言っていることのレベルもまたかなり高く、私にはたぶん無理なのだが、語り口がほがらかなせいか、なんでだか傷つかないで読める。この本の育児ルールをすべて実行した結果が、料理研究家界のレジェンド・ケンタロウさんなわけだから、説得力がハンパないと同時に、どう考えてもほとんどの読者はそのレベルには達せないので、エッセンスだけでも吸収しておくか、と気が楽になっているのかもしれない。


いってしまうと、この本の絶対ルールは「平和あっての食なので、戦争は絶対ダメ」と「男女関係なく子どもに料理教えろ」の2つである。それだったら私にもできるかも? 一貫して絶対反戦主義のカツ代さんおすすめ児童書紹介ページには、はっとなる。
『ガラスのうさぎ』『かわいそうなぞう』『ちいちゃんのかげおくり』―――。そういえば、私が子どもの頃は、小学校や図書館でものすごくよく目にしたタイトルや絵ばかりだ。少なくとも80年代は今よりずっと子ども向けの戦争の恐怖を描いたコンテンツがあふれていたし、そうしたメッセージが今のように批判にさらされないどころか、文化としてよきものとする風潮が確かにあったのだ。


さて、私が真っ先に作ってみたのは「ぶん回しおにぎり」と「アイスキャンディー」だ。かたくしぼったぬれ布巾でご飯をつつんで振り回すおにぎりは、グラビアのまりこさんとケンタロウさんの動きが躍動感にあふれていて、やってみたくなった。おにぎりだったら、うちの子どもも、もちろん大好きである。簡単そうだけど、具の塩鮭やたらこは塩分が強いので、1回湯通しするのが、子の健康を常に考えているカツ代さんらしい。
『ママがせんせい 食べてほしいもの・守ってほしいこと』(1983年・女子栄養大学出版部)より

もちろん、我が家に口に入るものを直に包めるような清潔な布巾などさっとでてくるわけがない。米をといで炊飯器をセットすると、さっそく子連れで近所の反物屋さんにいって「料理に使うんです」と説明をして、さらしを買ってくる。5年くらい前に土井善晴さんのレシピにはまっていた時、おにぎりはさらしで包んでさっとにぎれ、とあったので、買いに行って以来である。反物屋さんは、私のことをうっすら覚えていたようで、今時めずらしいマメな人だ、と褒めてくれた。これだけで作るかいがあるというものである。帰宅すると、ご飯は炊けていた。さらしをぬらしてしぼり、茶碗にかぶせ、そこにご飯をしゃもじで入れる。子どもは、さらしの四隅をにぎって、うれしそうに「ぶんぶん」と声にだして、勢いよく回しはじめた。さらしをほどくと、炊きたてご飯がふっくらと理想的な空気感でまとまっていて、中身の塩がほどよく抜けたたらこの甘みがやさしい。

アイスキャンディーは、缶詰のパイナップルや果汁100%ジュースを市販のウルトラマン型に入れて、冷凍庫で固めればできあがりだ。「カンタンカンタン」とカツ代さんの口癖を真似てみる。

この本が出版された昭和58年といえば、中学・高校の家庭科が男女の必修教科になる10年も前のことだ。まりこさんとケンタロウさんが通う小学校でも、女の子は運針をならっているのに、男の子は大工仕事だったりと、勝手に分けられることがあり、カツ代さんは憤慨し、こんな風に繰り返し異をとなえている。
「なぜない? 男の子のエプロン」「なぜ男の子に家庭科は不要なの」「生活感に乏しい男性こそ、男らしくてすばらしいとでも思っているのでしょうか。親が持つ男女の差別感は、脈々と子に受け継がれてゆくでしょう」。


私が苦手とした種類の育児本や「おうち~」レシピになくて、『ママがせんせい』にあるのはこの視点かもしれない。カツ代さんはそれがどんなにワクワクと楽しそうなレシピであれ、いつも明確に、今ある社会のルールを変えていこうという意志とアイデアがある。憤りがある。私のように、今あるルールでどうにもやりにくい人間には、それが嬉しいし、心地よいのだ。傷つかないで読める。そのパワーを浴びるうちに、なんだか、やってみたくなる。


家族で甘さ控えめの手作りアイスキャンディーを食べながら、アマプラの「ゲゲゲの鬼太郎」(2期)を見ていて、ふと気づいた。こんな風に、私にそう無理なくできることで、子に教えられることも案外あるのではないか、という気づきだ。なんの気負いもなく見始めた「ゲゲゲの鬼太郎」もまた、反戦メッセージがゴリゴリに強く、内容がぶっとんでいて面白かったことも忘れずに書いておきたい。  


今回の小林カツ代さんレシピ

※「ママがせんせい 食べてほしいもの・守ってほしいこと」(1983年・女子栄養大学出版部)より一部引用
『ピクニックにはぶん回しおにぎり持って』~子供が作るぶん回しおにぎり~
おにぎりは炊きたてを握ってこそおいしいのですが、おとなでもやけどしそうなときがあるので、子供は素手では危険です。そこで、子供のために考えだしたのが、ぶん回しおにぎり。かたくしぼったぬれぶきんにあつあつご飯を包んで振り回すだけでできてしまうのです。振り終わってから茶きんしぼりの要領でぎゅっとしぼったり、ふきんの上から少し握ったりするとなおしっかりしたおにぎりができます。

『ぶん回しおにぎり』のレシピ

作り方
(1)湯飲み茶わんに、しぼったぬれぶきんを敷く。
(2) 塩をパラパラふる。
(3)あつあつご飯を半分くらい入れる。
(4) 具を入れ、いっぱいにご飯を詰めて塩をふる。
(5)ふきんの四すみを合わせてしっかり持つ。
(6)ふきんを持ってブンブン振り回す。
(7)ぶん回し終わったおにぎり。
(8)もみのりをまぶしても、切ったのりを巻いても。
(9) でき上がり。ほどよい握りかげんがおいしい。


『いろんなアイスキャンデーを作ろうよ』
市販品より甘味がずっとうすくて、中身が確か。安心して食べさせられます。

『オレンジアイス』の材料と作り方

オレンジアイスは、オレンジジュースを冷やし固めたもの。


『アップルパインアイス』の材料と作り方

アップルパインアイスは、パイナップルを小さく切り、これを型に入れてりんごジュースを注ぎ、冷やし固めたもの。


『ミルクおぐら』の材料と作り方

ミルクおぐらは、市販のゆであずきとその倍量の牛乳を混ぜ合わせて固めたものです。
※型からはずすときには、まわりに薄いナイフかへらでも差し込んでから、底をトントンとたたいて棒をそっとすばやく引っぱります。

次回は9/23(土)更新! お楽しみに。


柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子、女子栄養大学出版部

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