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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

柚木麻子、旨すぎて倒れる!小林カツ代の伝説の肉じゃが、肉汁ハンバーグ、ポテサラを食す

2023.07.22

本田明子さんお手製。小林カツ代さんの伝説の肉じゃが、肉汁ハンバーグ、ポテサラ

第3回「旨すぎて倒れる。カツ代さんの伝説の肉じゃが、肉汁ハンバーグ、ポテサラを食す」

第2回「料理=ダルいの意識が激変。強火全開! 小林カツ代のガーッと筑前煮」

大学卒業後、食品メーカーに勤務していた頃、企画職の女の先輩たちがよく話してくれたのが、料理研究家としてひっぱりだこだったケンタロウさんのエピソードだ。
ケンタロウさんの事務所で、彼の試作料理を口にした人はみんな、悪魔的おいしさに、全身にびりっと電流が走り、旨さで倒れそうになるらしい
どの人からも、だいたいこの表現で何度も聞かされた。いわば伝説である。でも、ケンタロウさんのレシピ通りに作れば、そもそもおいしいじゃないですか? 私がそう返すと、先輩が大きくかぶりを振った。

「メディアに出ているレシピは健康に配慮し、塩分も油分も抑えられているし、不慣れな人でも失敗しにくい分量になっているんだよ。でも、本人が豪快に目分量で作るアツアツ料理は、われわれの体が知ってる旨さの限界を超えている


2000年代20代だった私は、カツ代さんよりもケンタロウさんのレシピを多く作っている人間だ。なぜなら当時、カツ代さんがすでにレジェンド化していて巨匠の位置付けだったのに対し、ケンタロウさんは女性誌で、初心者向けの短いレシピをカジュアルに紹介していた。調味料はミニマム。なんとなくアメリカっぽいのに、ご飯がすすむ甘辛味。私がオイスターソースを初めて買ったのはケンタロウさんレシピによく出てきたためだ。
そんなケンタロウさんが「でも、結局、カツ代ちゃんにはかなわない」というような話をどこかのインタビューでしていたのを覚えている。食通の先輩たちが驚愕する美味しさの、さらに上をいく小林カツ代さんの味とは? まあ旨すぎて倒れそうになるはちょっと言い過ぎだろうけど。


そして、20年後–––。
私は、旨すぎて倒れそうになる、を経験する。カツ代さんの一番弟子・本田明子さんの事務所にお邪魔したのだ。本田さんであればカツ代さんの味を正確に再現してくれるという。今回、目の前で作ってもらったメニューはほうれん草のおひたし、ハンバーグ、付け合せの人参のグラッセ、ブロッコリー、ポテトサラダ、そして肉じゃが。どのレシピもカツ代さん本を見て一回作っていたので、工程は頭に入っていた。

窓から光がたっぷり入る台所に立つ、本田さんの手にまず釘付けになった。確実に美味しそうなものを作りそうな、つややかで信頼できる大きな手だ。コンロの上には使い込まれたフライパン、真っ黒に底光りする田舎鍋。いずれもカツ代さんの生前の愛用品だ。

本田さんはまず、ほうれん草を水を張った木のボウルに茎から沈めた。

カツ代さんの助手さんたちは、どんな時でも、やかん一杯の水を確保、そしてその水をわかすところから仕事を始めたそう。「産婆のごとく湯をわかせ!」がカツ代さんの合言葉だった。ちなみにこの連載開始前から、本田さんは私のことをご存知で、それというのも私の初エッセイタイトルが『とりあえずお湯わかせ』だったから書店で目に留まり、カツ代さんを思い出し、手にとってくれたからだという。運命を感じる。

ほうれん草が、水を吸い込んで息を吹き返し、どんどん大きくなっていく。大きなブーケみたいで、心なしか花に似た香りを放ち、窓からの風にそよいでいる。そうだった。野菜は生き物なのだ。


「意外とカツ代ちゃんは、肉じゃがを人前で作っていない。『料理の鉄人』のイメージが強すぎて。小林家の子どもたちも、中高生の頃はさほどリクエストはしないメニューだった」本田さんはそう話しながら、せっせとじゃがいもの皮を薄くむいていく。田舎鍋が油で熱され、玉ねぎと牛肉を投入。思っていたより、ずっと火が強い!! 後ろから見ていると、火柱に本田さんが立ち向かっているかのようだ。その肉めがけて砂糖を勢いよく投入。高級店のすきやきのような甘く濃厚な香りが辺り一面に漂う。


「カンタンカンタンがカツ代ちゃんの口癖。プライベートでは難しい料理もしょっちゅう作っていたし、実は発表しているものにも凝ったレシピもある。でも、あの笑顔でカンタンカンタンと言われるとそんな気がしてくるし、本当に成功する。初心者はまず、一回成功させて自信を持つことが大事だから、とにかくカンタンだと魔法をかける

私にもわかりやすいように、調味料はちゃんと量ってくれた本田さん。もちろん、感覚派のカツ代さんは目分量を好んだ。カツ代さん独特の言語感覚を「ピャー! が大さじ1で、ピヤッが小さじ1」と、ずっとそばにいた本田さんは通訳していたという。手際よく野菜を炒め、だしではなく水を投入。肉じゃがが仕上がる合間に、他の二品に取り掛かりながら、いろんな話をしてくれた。

*カツ代さんはどんなに勧められてもシステムキッチンを導入せず、高級食材も使わなかった。それは読者と同じ目線に立つため。

*カツ代さんいわく、料理は生活の中の「点」でしかない。点にとらわれず、まずは生活そのものを楽しんで。料理以外にも彼女は好きなものをたくさん持っていた。

*超コミュ強で人気者のカツ代さん。野村沙知代本人から友達になりたいと熱烈なラブコールを受けた。周り全員がストップをかけたが「みんなは悪くいうけれど、本当は優しい人なはずだ」とカツ代さんは主張。理由はプレゼントしてくれた「犬の絵本」がとても優しい良い内容だったから。

*「知らない」という言葉をカツ代さんは嫌っていたそうだ。「知らない」という言葉ほど冷たいものはないそう。

*職場はいつもラフな雰囲気で毎日楽しかった。助手のみなさんも自然と敬語を使わなかった。事務所にはいろんな人が自由に出入りし、本田さんは「鍵をしめた記憶がない」そう。小林家はじめ常に誰かがいた。お金がない若者、近所の寿司屋の大将、弁護士時代の福島瑞穂まで入り浸っていた。

*大阪のダンスホールで踊るカツ代さんを見初めプロポーズした小林氏がダンディなのはもちろんのこと、カツ代さんは旬のイケメン俳優が大好きだった。ケビン・コスナー、林隆三、緒形拳など、その好みは一貫している。


全メニューが完成した。私のお願い通り、つやつやの白いご飯が添えてあってありがたい。お味噌汁までついていて、具のナスの皮が剥いてある細やかさに、感動した。午後の日差しを浴びた彩りの強い食卓に見とれながら、箸を取る。ほうれん草のおひたしがエメラルドのように透き通っている。

肉じゃがを口に運んで、先輩たちの「旨すぎて倒れる」の意味がようやく理解できた。厳密にいうと味に夢中になりすぎて、全身が「集中しろ」と舌に命じてくる。すると、目の前が急にまぶしくなる。モノクロが突然4Dになった感じだ。肉の勇ましい風味、甘辛いじゃがいもの表面がとろけると、力強く澄んだ土の味が広がる。一つの料理にたくさんの味や食感のエリアがある。香ばしさもほっくり煮込まれた優しさもみずみずしさも。銀河だ。この細かな構築なら調味料を足す「味変」が不要だ(小林家は味変大好き一家で、みんな食事中は調味料を取りに、台所を出たり入ったりしていたらしいが)。ポテトサラダもきりっとした酸味、まろやかさ、野菜のシャクシャクしたフレッシュな味わい。ハンバーグは見た目は小さなクッションのようにふっくら軽やかなのに、肉汁はとろとろあふれだし、その食感は野性味がある。付け合せまで、野菜の味がとてつもなく濃い。

ふと、気づく。ハンバーグが載った、車の柄のお皿をどこかで見たことが……。私の視線を見て取ったのか、本田さんが「これはケンタロウくん愛用のお皿。自分のイラストを使っている」と教えてくれた。そうだ、確かにこのお皿を私はケンタロウさんの料理本で見ている。普段使いのお皿をグラビアで使うのってなんかいいな、と思ったのを覚えていた。


20年前、初めての自炊で、雑誌を切り抜き、彼の料理を作り続けた日々が蘇り、そして彼が料理研究家になる前、カツ代さんの料理を食べ続けた日々が立ち上る。ハンバーグの濃厚ソースを取り囲む車を見下ろしていたら、半世紀あまりが一瞬で縮まった。

この日以降、完全にギアが入った気がしている。私が手際、味付けともに急激にレベルアップした報告は、次回。

今回の小林カツ代さんレシピ

※「KATSUYOレシピ/小林カツ代の家庭料理」より引用。

おうちで作るポテトサラダは味がちょうどいいこと。たっぷり野菜が安心してとれること。翌日味がなじんで、もっと美味しくなるのがとっても嬉しい。どんなに疲れていても、これが冷蔵庫に入っていると思うだけで、帰りの足どりがなんて軽い!! 食べることへのパワー全開。

『ママポテサラダ』のレシピ

材料(作りやすい分量)
じゃがいも(男爵がおすすめ)…… 4個(500g)
にんじん……4cm(40g)
米酢……大さじ1
塩 ……小さじ1/8

きゅうり…… 1/2本(50g)
塩 ……ひとつまみ

玉ねぎの薄切り……1/4個(50g)
ゆで卵……1個
マヨネーズ……1/4カップ(50g)
こしょう……少々

作り方
(1)じゃがいもは皮をむいてひと口大に切る。にんじんは2~3mmのいちょう、又は半月の薄切りにする。ともに鍋に入れてヒタヒタの水を加え、強めの中火にかけ、蓋をして8~10分ゆでる。きゅうりは薄切りにして、塩少々をふり、全体を混ぜ10分程置く。水けが出たらしっかりと絞る。じゃがいもをゆでている間にしておくといい。

(2)いもが柔らかくなったらふたをあけ、鍋を時々揺すりながら、水けを飛ばして粉を吹かせる。この時点でゆで汁が沢山残っているようなら、ゆで汁は捨ててから、余分な水分を飛ばす。ほっくり粉が吹いたら火を止め、熱々のところに分量の塩を全体にふり、米酢も回しかける。 ここはテンポよく手早くする。

(3
)マヨネーズとこしょう、玉ねぎを加えて混ぜる。きゅうり、ゆで卵も加えてよく混ぜる。出来上がり。

 調理の常識に逆らった方法ですが、茎先が同じ方向を向くように湯に入れるから、裏返しや引き上げなどの手順が楽。葉が茹だりすぎる心配は無用。ぬるい湯でさらしても意味なし、あくまでも冷たい水で。

『ほうれん草のおひたし』のレシピ

材料(4人分)
ほうれん草……1わ(300g)
しょうゆ……小さじ2
おかか……適宜

作り方
(1)たっぷりの湯を沸かし、塩を適宜加える。グラグラしてきたらほうれん草を茎の部分を持って、葉先からスーッとすべり込ませる。

(2)浮いてきたら、菜箸で茎をひとまとめに持って、くるりと裏返す。茎を少し食べてみてほどよく茹だっていたら、箸で茎を持ってすぐに水に放す。
(3) 箸でササッとほうれん草を泳がせ、すぐに水を3~4回かえる。水が完全に冷たくなったら、そのまま5~10分水にさらす。

(4) 茎をひとまとめに持って引き上げ、茎の方から葉先へキュッキュッと軽く握って水けを絞る。3~4cm長さに切り、全体を混ぜほぐす。しょうゆで和えて盛りつける。おかかをのせる。



まさに「旨すぎて倒れそう……」状態の柚木さん。悶絶されてます。後ろにはカツ代さんの在りし日のポートレートが。

次回は8/25(土)更新! お楽しみに。


柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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