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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】連載始まって以来の大失敗。母の誕生日に作る、小林カツ代のいちごタルト

2024.05.25

小林カツ代さんレシピ「いちごタルト」

第13回「連載始まって以来の大失敗。母の誕生日に作る、小林カツ代のいちごタルト」

連載が始まって1年。

相変わらずままならないことも多いが、コロナ禍を乗り切り、私の日常はようやく軌道に乗り始めている。友達をうちに招くことのハードルも下がり、料理することもそんなに苦でもなくなり、お土産や会食を決める場面で、悩むこともなくなった。時間がかなり生まれた気がする。
なぜか? それは私が小林カツ代さんを研究しているからである。

私の周囲は大体この連載を読んでいるので、誕生日でもホームパーティーでもピクニックでも、「カツ代さんのなんかを作っていくよ」とだけ言えば、みんな期待&安心。お店をあれこれネットで調べるより「私、カツ代さん作れるから、うちくる?」と言う方がむしろこっちも楽だったりする。この間も、仕事の場に、大量のカツ代メニュー(おにぎり、卵焼き、ポテトサラダ、唐揚げ、筑前煮)を持っていったら、初対面の方ともあっという間に打ち解けることができた。「その筑前煮、煮るのは10分なんですよ!」「ポテトサラダのポイントはお酢なんです」と話すだけで盛り上がれる。何より、みんなよく食べてくれて嬉しい。
 
そんなわけで毎年、気合いを入れて色々準備する母の5月の誕生日も、今年は気楽だった。カツ代さんでいくと決めてしまえば、どっしり構えていられる。何しろ失敗することがなく、確実に美味しいので––––。

しかし、この慢心が、連載始まって以来の、大失敗を呼ぶのである。

ちなみに新年度が始まってからというもの、家族の誰かが必ず風邪をひいているという状態がずっと続いている。咳と頭痛でぼんやりしていたのだが、毎年、母好みのフルーツたっぷりさっぱりタルトを作っているので、『小林カツ代のすぐ食べたい! ㊙ケーキとおやつ』(講談社・1997年刊・絶版)をめくりながら、「いちごのタルト」でいこうと決めた。
お惣菜のイメージが強いカツ代さんだが、子どもたちに食べさせたくて、お菓子の研究も重ねていたようだ。独学で失敗しにくい配合や常識にとらわれないシンプルな工程を生み出し、何冊も本を書いている。どこまでも無駄が嫌いなカツ代さんなので、お菓子本によくある「何度も失敗しながら、上手くなりましょう」と言った考えに真っ向から異を唱える。お菓子の材料は高い。だからこそ、1回で成功できるようなレシピを私は考える、と。

そんなカツ代さんの「いちごのタルト」は、クリーム状にしたバターに粉を加え、そのままタルト生地に敷き詰め、それも全部手作業という、「それでいいんだ」という目から鱗の超ミニマムレシピだ。
「書いてあるとおりにきちんと作れば上手くできます。でも、『失敗しないで作ろう』と思うことが大事。もし失敗したら、あなたはもちろん、できあがりを楽しみに待っている子どもが、どんなにがっかりするかしれませんから」
 
ここで序文が終わっているせいもあり、なかなか、プレッシャーがかかる。いつにない「失敗しないで作ろう」がやけに胸に刺さり、カツ代さんの笑顔がオーバーラップする。風邪薬でぼんやりしているせいもあって、材料を量り間違えたり、オーブンのスタートボタンを押すのを忘れたり、手間取ってしまう。お菓子作りは得意なはずなのに……。

焼き上がったタルトが岩のように硬いので、カツ代さんのレシピに出合い直してからのイージーモードはなんだったんだろうと、この1年をぼんやり振り返る。さらに、生クリームが全く泡立たず、こんなことはお菓子作りを始めたばかりの高校生以来だ。仕方がないので、ヨーグルトとゼラチンを足してムース状にして塗りつける。
これはもうカツ代さんのレシピに問題があるのではなく、私自身のコンディションのせいである。作り直している時間もないし、時間切れだ。ただ、これまでなら落ち込んで終わりだったが、プレゼントにエルメスのコスメをちゃんと買ってあるし、まずは落ち着くことにする。お弁当を詰めて(こちらもカツ代さんレシピが多い)、最悪果物を食べて貰えばいいや、と子どもにいちごを並べさせる。
母の家に着くなり、「タルト失敗したかもー」と先に言っておいた。
とにかくエルメスがツボにハマったようで、ひとまず安心。お弁当も、なんだか味覚がぼんやりしていて、自信がなかったのだが、結構食べてくれている。さて、タルトは死ぬほど硬く、ナイフすら入らない様子だったが、一口食べて  「あれ、思ったより、美味しい」と、母が言い出した。

なんか気を使われてるなあ、と思ったが、フォークが入らないので手で掴んで齧ると、生地は素朴な風味がして、噛み締めるとほろりと崩れていく。熱いお茶と一緒だと、なんとも言えない滋味のようなものがある。まあ、もう少し柔らかければ––––。

カツ代さんのレシピはいずれも失敗が少ないものだが、身体性が非常に高い、と今回実感した。ごうごう燃える炎を好み、「シュッとした味」を愛し、旬の食材を活かしきり、最短で最高の食卓を作る。それは全てカツ代さんがとても元気で勘の冴え渡った人だから編み出せたことであり、作る人にそのエネルギーが伝染すると同時に、ある程度、こっちも元気であることも求められるのではないか。カツ代さんのレシピはみんな簡単ではあるが、どこかに緊張感が走っていることにも気付かされた。それは食材を絶対に無駄にしないエコ精神とも言えるかもしれない。 

「そんなに不味くないよ」
「ごめんねー、誕生日なのに」

昔、お菓子作りを始めたばかりの頃、あまり上手く焼けなかった時、こんな風に母が慰めつつ、一緒に食べてくれたことをふと、思い出した。
よし、早く良くなって次は必ず、上手く焼こう。

今回の小林カツ代さんレシピ

※「小林カツ代のすぐ食べたい! ㊙ケーキとおやつ」(1997年・講談社)より引用

しっとりしていてサクサク! 自慢のタルトはびっくりするほど柔らかい生地です。
粉にバターを切り混ぜるのが一般的ですが、私はクリーム状にしたバターに粉を加え、混ぜて型にのばすところまで泡立て器も、木べらも、めん棒も使わず、すべて手作業。だから、独特の食感に焼き上がるのです。

『いちごのタルト』のレシピ

材料(直径18cmタルト型1個分)
バター……100g
砂糖……80g
卵……2個
薄力粉……200g
生クリーム……カップ1/2~1
粉砂糖……大さじ3
いちご……1パック

下準備
・バターは室温で柔らかくする。
・薄力粉はふるう。
・いちごはへたを切り落とす。
・オーブンは200℃に温める。

作り方
(1)バターに砂糖を加え、クリーム状になるまで手でよく混ぜる。
(2)卵を溶きほぐし、少しずつ加えてよく混ぜる。
(3)薄力粉を加え、指でつまむようにして粉っけがほぼなくなるまで混ぜる。
(4)ポリ袋に入れて2~3回軽くもみ、冷蔵庫で30分おいて休ませる。
(5)型に生地を入れ、指先でのばして全体に均等に広げる。200℃のオーブンで15分焼き、180℃にして10分焼く。粗熱がとれたら型から出す。
(6)生クリームに粉砂糖を加えて七分~八分立て程度に泡立て、上にぬっていちごを並べる。

次回は6/22(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子、講談社

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