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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】完成まで5日間!小林カツ代の大ごちそう『ドイツシチュー&ダンプリング』を本気で作ってみた

2024.03.23

小林カツ代直伝『ドイツシチューとダンプリング』

第11回「完成まで5日間⁉カツ代の大ごちそう『ドイツシチュー&ダンプリング』」

第10回【柚木麻子連載】小林カツ代の神髄はメリハリ。「張る日」に作るカツ代の伝説レシピ「ちらしずし」

小林カツ代さんの著作ではないが、ここに一冊のレシピ本がある。
サイン会をさせてもらった神戸の書店「1003」さんで手に入れた、85年刊行の『特選クッキングブックス11小さなパーティのための料理』(世界文化社・絶版)である。
ピンク色のテーブルクロスに霞草と薔薇のフラワーアレンジメント、パールのネックレスにレースの手袋、インビテーションカード――。華麗なグラビア表紙から容易く予想がつくが、「小さな」なんてもんじゃない、壮大なホームパーティのための手引書だ。

例えばサンドイッチパーティなら、巨大な丸パンをくりぬいて、中に、色とりどりの小さなサンドイッチを詰め込む。煮込んで柔らかくした豚ヒレ肉は、サイコロ大に切って、煮汁にゼラチンを加え、澄んだゼリー寄せに。テーブルクロスとお花は必須。メインは大体巨大な肉の塊か魚。インビテーションカードは「親切に」2週間前に発送。何より興味深いのは、小説仕立ての「手軽なパーティの手本」である。「ポニーテールがチャーミング」な「商事会社にお勤めの OL3年生」の玉美さんがテニス仲間10人を招いてのビュッフェパーティを開くことになる。開始時刻から逆算して9時間前からの玉美さんのいきさつが語られる。

スーパーマーケットで大量の買い出しをして、部屋を整え、ヤシの木の鉢植えを飾り、カーテンをドレープさせる。調理しているうちに親友の千夏とボーイフレンドの慎二が手伝いにやってくる。千夏はイワシのロースト、慎二はカナッペ担当。2人に準備を任せているうちに 玉美さんは、シャワーを浴び、フリルのついたブラウスとレイヤードスカートでおめかし。 続々と集まってくる仲間たち。玉美さんの健気なホステスぶりの甲斐あって、みんな自由に ビュッフェに手を伸ばし、おしゃべりも弾む。空になったワインボトルが並ぶ9時。玉美さんはダンスを提案する。「いいネッ、待ってました」と言う声が上がり、玉美さんがこの日のために、ポップな曲、オールディーズ、メロウなムードのある曲などあれこれ吟味してテープに編集しておいた10曲を流す。みんな一斉に踊り出す。片付けは手伝ってもらい、11時に仲間をお見送りする玉美さんは少しぼんやりした頭で「私、これからパーティがやみつきになりそうだわ」と満足する。

玉美さん、めちゃくちゃ人生を謳歌している。曲を流したら速攻で踊り出す仲間たちのメンタリティがとんでもないし、「おもてなしを成功させる」と言う気概を全く隠さず、周りにも共有し、やり切る玉美さんは尊敬に値する。

このようにバブル期のおもてなし本は、ゴリゴリに本気なのである。そのあとで、同じ時期に刊行されたカツ代さんの本をめくると落差にびっくりする。例えば、買ってきた焼き鳥を串から外してご飯に乗せた焼き鳥丼、野菜サラダが面倒なら野菜ジュースでもいいよ、と説く。カツ代さんの先見性に唸ると同時に、当時の女性はどれだけ救われただろうとも気付かされる。

しかし、私は今、玉美さんのシャカリキにもなんだか惹かれているのである。そこで『小さなパーティのための料理』の中でも取り上げられていた「ビーフシチューパーティ」をやってみることにした。当時としては相当な手抜きとされていたらしい缶詰のデミグラスソースを使ったビーフシチューにバターライスとサラダなどを並べるそれは、この本の中では確かにかなり楽なほうだ。LINEグループに「ビーフシチューパーティをやるから集まってくれ」と書き込むと、みんな「なんだ、それ」「どこで流行ってるんだ」と面白がっている。電話もインビテーションカードも必要ない時代がありがたい。

この時点でほぼ成功したも同然なので、私は頑張ってみることにした。缶詰のデミグラスソースを使ったシチューではなく、カツ代さんが小林家の大人気メニューだと紹介していた「ドイツシチュー」(『小林カツ代さんちのおいしいごはん』1994年・講談社)を作るいいチャンスではないか。前回、カツ代さんのメリハリを学びたいと書いたが、これぞ、カツ代さんの「ハリ」を象徴するレシピ。滅多に作らないからこそ、家族たちは楽しみにしてやまないのだという。何しろ、調理に5日かかるのである。手軽なカツ代レシピの中にあって異色中の異色も言える料理だ。

ビーフシチューパーティの5日前。私は指定の分量の2倍に相当する、1キロ分の牛赤身肉の塊をスーパーで購入した。赤ワイン、お酢、玉ねぎ、にんじん、ニンニク、セロリ、変わったところでは干し椎茸と一緒にジップロックに漬け込む。これを冷蔵庫に入れ、時々裏返しながら、待つこと3日。カツ代さんが「真っ黒が美味しさの決め手」と書いているが、心配になるくらい黒い。土曜日、いよいよ調理に取り掛かる。まず、つけ汁と肉を分けるところから始める。赤い汁から掬いあげた黒い肉に、すでに愛着が湧いている。寸胴鍋で肉を焼いたらすぐに取り出し、野菜を炒め、そこに小麦粉を加える。もったりしてきたら、つけ汁を注ぎ、泡立て器で混ぜる。すると、とろとろした質感に変わっていく。ここに水やトマトジュースを加え、肉を入れて弱火で約2時間煮込む。
これまでカツ代さんレシピで味わったことがない、疲れが腕のあたりにビリビリくる。煮ている間に付け合わせのダンプリングを作ることにする。カツ代さんは、面倒なら作らなくてもいい、粉吹き芋でもいい、と書いているが、ダンプリングはシチューのソースを吸い、それが最高によく合うらしいのだ。ドイツシチューは滅多に食べられないので、小林氏もケンタロウさんもまりこさんも、夢中になってダンプリングでソースを掬っていたそうだ。なんとなくニョッキのような食べ物を思い浮かべながら、じゃがいもを茹で、潰す。そこに小麦粉、すりおろした生のじゃがいも、食パン、卵、小麦粉、油などを加え、よく混ぜ、丸くまとめる。
日曜日、煮込んで一晩寝かせたシチューに茹で上げたばかりのもちもちのダンプリング、サラダにバターライス、パンを並べ、いよいよビーフシチューパーティの始まりである。集まった友人たち(大人3名・子ども2人)は「これまで食べた中で一番美味しいシチューだ」「このダンプリングも初めて食べる味だけど、とにかくソースに合う」と絶賛してくれ、せっせとおかわりしてくれた。小学生にも大好評で、じゃがいも6個分のダンプリングも1キロの肉もあっという間に消えていく。酸味とコクのあるソースと柔らかな赤身肉、それらの旨みを吸い込んだもちもちのポテト団子(カツ代さんはダンプリングをこう表現する時がある)は、確かに最近あんまり口にしたことがない種類の豊かな味がする。玉美さんを真似て、iTunes で80年代のシティポップを流したら、子どもたちが踊り出し、ダンスパーティも達成できた。

この日のシチューは私の周囲でちょっとした評判を呼んでいる。「食べたい」という人がどんどん現れているので、来月、またすぐに作る予定が入っている。この分だと小林家より多くドイツシチューを作ることになりそうだ。この成功は、私の腕というより、五日もかかる、小林カツ代でさえあまり作らないご馳走、あのケンタロウの好物という引きの強いエピソードが、いい調味料になったのだろうと予想している。
「めちゃくちゃ張り切って、おもてなししますよ」とは現代、聞かない言葉だ。相手に負担をかけず、自分にとっても楽な範囲での調理やさりげないもてなしが良しとされる。しかし、時には、玉美さんやカツ代のように「今日は特別」と宣言してしまってもいいのではないだろうか。作る方もワクワクするし、全員にとってのちょっとした冒険になる。何よりも、「またあれを作ってよ」とみんなから常に待たれている料理が一つあることは、こんなにも心をまんまるく満たしてくれるのは、今回一番の発見だった。

今回の小林カツ代さんレシピ

※『小林カツ代さんちのおいしいごはん』(1994年・講談社)より一部引用

肉を3~4日もつけ込んでから煮込み、でき上がっても1晩おいたほうがおいしくなるのですぐには食べず……。だからこれを食べよう、と思ったら、よし、今度の週末に、と月曜か火曜に仕込んでこしらえるのです。少し酸味があり、つけ合わせはダンプリングというじゃが芋だんごが最高よ!

『ドイツシチュー』と『ダンプリング』のレシピ 

材料
牛赤身肉かたまり………400~500g
干ししいたけ………3個
玉ねぎ………1/4個
にんじん………5cm
セロリ………1/2本
にんにく………1かけ

〈つけ汁〉
赤ワイン……カップ1/2
酢……カップ1/2
水……カップ1/2

サラダ油………大さじ1
小麦粉………大さじ3
トマトジュース………小2缶
固形スープの素………1個
砂糖………大さじ1
ローリエ………1枚
塩、こしょう各適量

〈ダンプリング〉
じゃが芋……3個
食パン……2枚
小麦粉……カップ1/2
卵……1個
サラダ油……大さじ1
塩……少々

パセリのみじん切り………適量

作り方
(1)肉に塩小さじ1/2、こしょう少々をすり込んでおく。
(2)
干ししいたけはもどし、玉ねぎ、にんじん、セロリは細切りにする。にんにくは2つに切る。
(3)
大きめのボウルに(1)、(2)とつけ汁を加え、冷蔵庫に入れて3~4日おく。途中で2~3回肉を裏返す。
※赤ワイン、酢、水を合わせたつけ汁を肉と野菜にからめ、そのままラップをかぶせて冷蔵庫に入れておく。全体にまんべんなく味がしみ込むように1日に1回は肉の上下を返すようにして3~4日つけ込む。
(4)
肉を取り出して汁けをふき、4つに切る。干ししいたけは細切りにし、残りの野菜とつけ汁は分けておく。
(5)
鍋にサラダ油を熱し、肉の両面をこんがりと焼いて取り出す。
(6)
鍋に油を少し足し、(4)の野菜類を中火でいため、小麦粉をふり入れて弱火で2~3分いためる。
※小麦粉をふり入れたら焦げないように弱火にし、粉っけがなくなるまでしっかりといためる。
(7)
火をとめて(4)のつけ汁を加え、すぐ泡立て器でかき混ぜる。再び火をつけてトマトジュース、スープの素、砂糖、ローリエと水カップ1を加え、(5)の肉を入れてごく弱火で2時間煮る。肉がすっかり柔らかくなったら塩、こしょうで味をととのえる。
※肉は表面をこんがりと焼いて煮汁に入れ、すっかり柔らかくなるまでごく弱火で2時間煮込む。
(8)
ダンプリングを作る。じゃが芋2個は皮をむいて4つに切り、ひたひたの水で柔らかくゆでる。湯を捨て、少し火にかけて水分をすっかり飛ばし、熱いうちにつぶす。
(9)
(8)に1cm角に切った食パン、小麦粉、卵、サラダ油、塩と残りのじゃが芋をすりおろして加え、混ぜる。直径3cmのだんごに丸めて熱湯に入れ、中までしっかりゆでる。シチューに添えて盛る。
※つぶしたじゃが芋、食パン、小麦粉、卵、サラダ油、塩に生のじゃが芋をすりおろして混ぜる。直径3cmくらいのだんごに丸め、グラグラと煮立った湯に入れて中までしっかり火を通す。

[一言]
ダンプリングまで作るのがめんどうなら、ただのゆでただけのじゃが芋や粉ふき芋を添えてもいいし、なくってもちっともかまいません。でもこのソースを残すのはもったいない!パスタやご飯を添えても合いますよ。

次回は4/27(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』『マリはすてきじゃない魔女』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子、世界文化社、講談社

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