私が人生で初めておろした魚はあじだったと思います。
実家を出て間もないころ、デパ地下で輝くようなあじが、一皿にあふれるように5尾ほど盛られていて、それが本当においしそうで、後先考えずに買ったことがありました。
おろしたことなんてないのに、「これは絶対に刺し身で食べたい!」とイメージはふくらみます。でも……三枚おろしの3枚目ってどこかしら、というところからスタートです。今のようにYouTubeがあればよかったのですが、そのときは本を見ながらとりかかり、さらには母に電話でアドバイスをしてもらいながらどうにかおろしたことがありました。
その日の夕食がどうなったのかはまったく覚えていないけれど、今はこうして魚を求めて市場にいるわけですから、うれしさのようなものを感じたのは確かでしょう。
話は変わってちらしずし。これも簡単そう!ととりかかり、でき上がるまでの道のりの長さに後から気がついて苦労したことがありました。 酢のものに錦糸卵も焼いて、どんこを煮て……というか、どんこはもどすところからなのか……と後になって気づくのですから、でき上がりなんて相当先になるわけです。
刺し身もちらしずしもそうですが、日本の家庭で当たり前のように出てくる料理は、思いのほか、基本の料理力がいるのだと痛感するのでした。
ちらしずしも今やたくさんのレシピがあり、どんな具材をのせてもおいしいものですが、今回作る「あじのちらしずし」はあじの酢じめとみょうがの甘酢漬け、それから菊のおひたしの3つの料理で成り立っています。
どれもむずかしい作業ではありませんが、3つ同時に作るとなると段取りというものが必要になるもの。菊のおひたしはゆでてあえるだけですが、みょうがの甘酢漬けは漬かるまでにできれば3時間くらいは欲しいものです。一方、あじの酢じめは三枚おろしの後にもいくつかのステップがあり、甘酢漬けほどほうっておける料理ではありません。
それぞれ単品でも主菜、副菜として通用する和食の基本料理です。
この季節らしく夏らしさと秋の気配の両方を感じる美しい素材を選びましたが、冬でしたら酢漬けはれんこんでもいいし、春だったらおひたしは青菜でもいいでしょう。少し手間はかかるかもしれませんが、季節を感じる自分らしいちらしずしを、お気に入りの大皿にどんと盛りつけてください。
『あじのちらしずし』の作り方
あじの酢じめ、みょうがの甘酢漬け、菊のおひたしの3つの料理を彩りよく盛り合わせたちらしずし。この3つの料理ができればそれだけでもいい献立になります。
『あじの酢じめ』
材料(2人分)あじ(三枚におろしたもの)……2~3尾分
塩 酢
作り方(1)バットなどにあじを皮面を下にしておき、塩を身にまんべんなくかかるくらい多めにふって30分ほど冷蔵庫に置く。
(2)塩を水でさっと洗い流し、ペーパータオルで水けをよく拭く。バットを洗い、再びバットにあじを皮面を下にして置き、かぶるくらいの酢を注ぐ。冷蔵庫で5分ほど置いたら上下を返し、さらに5分ほどおく。
(3)あじの汁けをきってペーパータオルでかるく拭く。身を上にして小骨を骨抜きで抜き、皮をむく。あじを皮面を上にして左手に持って身をしっかりと押さえ、右手で皮を尾のほうにゆっくりとひっぱると、きれいにむける。
『みょうがの甘酢漬け』
材料(作りやすい分量)みょうが6個
【甘酢】
酢……1/2カップ
水 ……1/4カップ
砂糖……大さじ3〜4
薄口しょうゆ……小さじ2
作り方【甘酢】の材料を鍋に入れ、ひと煮立ちさせて粗熱を取る。みょうがは根元の堅い部分を切り落とし、縦半分に切る。 別の鍋に熱湯を沸かし、さっとくぐらせて水けをきり、温かいうちに甘酢に漬ける。
『菊のおひたし』
材料(2人分)食用菊……1パック(約100g)
【A】
酢……小さじ2
薄口しょうゆ……小さじ1
しょうがのすりおろし……1/2かけ分
油(あれば太白ごま油)……小さじ1
酢
作り方(1) 菊は花びらを摘み、水をはったボールに入れて洗う(しんの部分は使わない)。鍋にたっぷりの湯を沸かして酢大さじ2を入れ、菊を入れて箸で押さえながらさっとゆで、すぐにざるにあげてさます。
(2)水けをしっかりと絞り、ほぐしながらボールに入れる。【A】を加えてあえる。
POINT太白ごま油などやさしい香りの油がおすすめ。太白ごま油がなければなくてもよい。
『あじのちらしずし』
材料(2人分)あじの酢じめ(上記)……全量
みょうがの甘酢漬け(上記)……2〜3個分
菊のおひたし(上記)……全量
しょうがのすりおろし……適宜
米 ……1合(180ml)
昆布(5×5cm)……1枚
しょうがの細切り……1/2かけ分
[すし酢]
砂糖……大さじ1
酢……大さじ2
塩……小さじ1/4
きゅうり……1/2本
白いりごま……適宜
塩
作り方(1)米はといでざるに上げ、15分ほどおく。炊飯器の内がまに米を入れ、米を1合の目盛りまで注ぐ※。昆布としょうがの細切りをのせて普通に炊く。
※すしめしの目盛りがあれば、その目盛りまで水を入れる。なければいつもより少しだけ水を少なめにする。
(2) すし酢の材料を混ぜる。きゅうりは端を切り、薄い輪切りにして塩少々をふり、かるくもむ。
(3)ご飯が炊けたら、飯台などに移してすし酢を回しかけ、(2)のきゅうりと白ごまを加え、手早く切るように混ぜる。全体に混ざったらうちわであおいでさます。
(4)あじの酢じめは幅1㎝のそぎ切りにする。みょうがの酢漬けは斜め薄切りにする。器に③を広げ、あじ、みょうが、菊のおひたしをバランスよく盛りつける。あじにしょうがのすりおろしをのせる。
おまけ
三枚におろしたあじの中骨はいいだしが出るので、スープにするのもおすすめですよ。
身と同様に塩を振って30分ほど置いたら、湯でさっと洗い流して霜降りにします。鍋に入れて水を入れ、にんじんや玉ねぎ、セロリの葉などと一緒に煮込んでだしを取ります。塩、しょうゆ、酒で味をととのえたらできあがり。写真の具は麩とねぎ。
次回9/6(金)は編集部総集編をお届けします。
撮影よもやま話
ちらしずしには気のきいた大皿がかかせません。いや、もっと言うと、ちらしずしは大皿あっての料理かもしれません。今回スタイリングに使ったのは旅先で立ち寄った骨董店で買い求めたオランダのもの、お手本は白洲家の食卓のようなイメージです。
こちらは李朝や古唐津などの素晴らしい器たちと共に店内に静かに鎮座していて、たくさんのナイフの傷跡に加え横から見た時の歪んだ佇まいに何だか惹かれてしまい予定外に抱えて帰ることに。おそらく運河からの発掘品なのでしょう、縁の割れが直されているけれどこの直しもずいぶん古そうです。特に見所のない(失礼!)まるで煉瓦の固まりのようなこちらの大皿、あれこれ使い途を考えるのが楽しみです。
さて、この連載ではいつも朝から昼間にかけて自然光をいっぱいに使って撮影を行います。なので夜間のシーンはないのですが、こちらの大皿を使ったある日の夕食の風景を。夜になるとガラッと表情を変えるところが憎らしいですね。ミートボールもおいしそうに受け止めてくれました、ありがとう。(文/池田講平)
調理室池田2018年12月に川崎市にある中央卸売市場北部市場内に開店。アンティークショップ・アートギャラリーを兼ねた、市場には珍しいスタイルのカフェ。早朝から働く人がコーヒーを片手に手軽に食べられるようにと作った焼き菓子や、ツナメルト、フリットといった市場で仕入れる新鮮な魚介類を使ったランチが人気。
公式HP 公式インスタグラム
神奈川県川崎市宮前区水沢1-1-1 川崎市中央卸売市場北部市場 関連棟 45
営業日/月・火・木・金・土曜
営業時間/7:00~13:30
(ラストオーダーは13:00、土曜日のみ14:00)
ランチタイムは 11:45~ 休みは市場に準ずる(原則、水・日曜と祝日)
※一般のかたの市場への入場は8時から。来店の際は必ず上記HPかインスタグラムを確認してください。