持病を抱えつつ週4のパート勤務で生活し、将来の希望なく過ごしていたアラフォー独身の麦巻さとこ。
古い団地への引っ越しをきっかけに、新たな人間関係と薬膳の力で、自分自身にフィットする〈しあわせ〉を見つけていくドラマ10「
しあわせは食べて寝て待て」。
登場する料理がおいしそうで、食材の効能が自然に学べる。
惹きつけられるストーリーはもちろん、ドラマの軸となる〈
薬膳〉の魅力も話題になっています。
食のシーンを担当した
フードスタイリスト・飯島奈美さんに、4話の撮影現場でたっぷりとお話をうかがいました!
好奇心から学んだ薬膳の知識がいかせた作品に
ーーー今作に出会う前に薬膳との接点はありましたか?
実は10年以上前、1年かけて薬膳を学ぶコースに通っていました。2011年だったかな? ドラマや映画の設定で、料理人のかたが常連さんの
顔色を見て体調に合わせた料理を作るみたいなの、たまにありますよね。あれってどういうことなんだろう、って単純に興味があったんです。
私自身、ある日少し具合が悪いときに、たまたまやまかけそばをひと口もらって食べたら、元気になれたことがあって。思い返すと、あれも薬膳の力だったのかな、と。そのときは全然意識しなかったんですけど。
薬膳の効能一覧表というのがあるんですが、それを見ると
「梅」「にんにく」「やまといも」の効能ってずば抜けて多いんです。ほかの食材が2行ぐらいしか書いてないのに、びっしりと数行書いてある。私はもともと梅が好きなので、うれしい気持ちになりました(笑)。
ーーー梅は今作でもなにかに使われましたか?
今日の撮影で出した、「
鶏ささみの天ぷら」は、前日に
オリジナルの梅酢で漬けています。鶏肉は梅酢で漬けると、梅のカリウムが保湿をしてくれて、揚げてもお肉がパサつかないんですよね。天ぷらにかぎらず、から揚げにもフライにも、私はしょっちゅう使っちゃう。みなさんにもおすすめです。
今回は原作の漫画がしっかりしているので、どの料理も基本は台本通りに作っていますが、味については一任していただいているので、
おいしく仕上げる工夫は何でもやりたくて。ドラマを見ているかたに梅酢で漬けてあることがわからなくても、できることがあるならば、よりおいしくしたい。
梅干しを作るとき、塩漬けした梅からしみ出してくる液体が梅酢ですけど、梅酢がなかったら、
叩いた梅干しを調味料代わりに使ってもすごくおいしい。
ポテトサラダの下味に使うと、いたみにくくなる効果も期待できます。
グラタンのホワイトソースに入れたりすると、梅の酸味と香りがたされてさっぱりいただけたりも。夏はとくに梅干しを活用していただけたらいいな、と思います。
ーーー薬膳を学んで得たことは?
雑誌のお仕事だと「季節の料理を提案してください」というオーダーをいただくことも多いのですが、
薬膳の温冷の知識は、すごく助けになっています。
薬膳にはそれぞれの効能だけでなく「この食材は体を冷やす、これは温める」という温冷の考えもあります。体を冷やす野菜を使いたいときは温かい料理にするほか、しょうがやにんにくなどの温める食材と合わせる。めざす方向に向けてうまい組み合わせを考えるのも、薬膳の醍醐味ですね。
ーーー気軽に薬膳を取り入れるアドバイスをいただけますか?
その季節のものを食べるというのも薬膳のひとつなので、ふだんの料理に旬の食材をひとつふたつたしていただくといいと思いますね。
たとえば、ポテトサラダの具は、冬でも夏でもきゅうりとハムが定番ですが、冬なら
ブロッコリーでもいいじゃない? とか。夏のちらしずしには
きゅうりの塩もみを加えてみたり、秋の肉じゃがには
きのこを入れたり。定番にこだわらず、自分なりの工夫を楽しむ感じで。
香辛料もある意味で薬膳ですが、インド料理を習っていた先生から「もっと日本人はスパイスを使うべき。
肉じゃがにターメリックを入れるとか、クミンを入れるとか。そういうところから、あなたが広めなさい」って言われたんですよね。
実際やってみるとおいしいんです! しょうが焼きにチリパウダーとかクミンとか、そういうのもいいですし、いつものメニューにスパイスをふるだけで簡単にできちゃうので、自由に試していただけたら。
まるで〈だるまさんが転んだ〉⁉ 現場ならではの苦労
ーーー雑誌やCMとは違う、ドラマや映画撮影ならではの大変さは?
映画の撮影を一軒家でやるときなんかがけっこう大変で(笑)。おうちのキッチンは撮影の舞台になるので、調理用には使えない。2階にテーブル、カセットコンロ、簡易的な水を用意してもらって、水を流すときは1階までバケツで運んだり。2階が調理場で、1階が撮影現場だと、
足音ひとつたてられない。「本番!」の声でピタッと動きを止めるんですよね。そんなとき「いま〈だるまさんが転んだ〉をやったら、だれよりもうまいだろうな」ってふと思ったり(笑)。
ーーー調理の途中だったらどうするんですか?
「え、炒めはじめちゃった!」みたいなタイミングだったら、別の冷たいフライパンにいったん全部入れます。中身を取り出せばフライパンは静かになるので……。そしてカットがかかったらまた戻す!(笑)。
くしゃみやせきを我慢するときもあります。でも我慢しなきゃ、って思うと逆に出そうになりますよね。乾燥してあぶないな、と思うときは口を覆うためのバスタオルを持参します。
あと、やっぱり撮影で大切なのは、
料理を出すタイミング。ホカホカの料理を出すのは、助監督のかたと息を合わせないとむずかしいですね。
ーーー今日は、まさに揚げたてが命の天ぷらが登場しました。
鈴役の加賀まりこさんと司役の宮沢氷魚さんが食べるシーンがあったんで、そこは揚げたてにこだわりました。
揚げたてだとサクッという音も違うし、俳優さんの表情も自然に「おいしい!」ってなってくださる。今日はアップのシーンや取り分けるシーンもあったので、4~5回タイミングよく出すようにしました。差し替えても大きさや盛りつけが違って見えないようにする、というのもドラマ撮影ならではですね。
撮影が数日にわたる場合、別の撮影日に同じものを再現しなくちゃいけないのも、神経をつかいます。材料が普通のものならいいんですが、山菜とかそら豆とか、その時期にしかないみたいなものになると一週間ズレたら困るなぁ、とか(笑)。
4話に登場した天ぷら。1日ですべて撮影できるとはかぎらないため、料理は必ず盛りつけ写真を撮影。前回の写真と見比べ、同様に再現するのもプロの技。
フードだけでなく、主人公・さとこのキッチンツールの一部も飯島さんチームが用意。美術スタッフとの見事なコラボレーションです。
飯島さん「キャリアウーマンだったさとこがこだわって集めた、というイメージで揃えました。北欧風だったり、アジアテイストだったり、統一せずにかわいいモノをいろいろと」。美術スタッフが用意した小物にもよくなじんでいます。
食器ひとつにも住人・さとこのセンスが。
90代の鈴さん宅の食器は、アラフォーのさとことはまた違ったおもむき。
鈴さんの台所にある鍋は、なんだかレトロかわいい。人となりがうかがえます。
あくまで裏方として、ドラマや映画を盛り上げたい
ーーー俳優さんが実際に食べる映画やドラマならではの思い出はありますか。
アレルギーや好き嫌いは事前にいただいて、対策をするようにしています。でも以前は、好き嫌いは事前に知らされていなかったんです。あるドラマで、大滝秀治さんがかぼちゃの煮物を食べるシーンがあって。数テイクかかってけっこうな量を召し上がっていたんですが、収録後にマネージャーさんから「ふだんは全然野菜を食べないので、驚きました」って言われて。大滝さんも「奈美ちゃんの料理はおいしいね」と言ってくださって、とてもうれしかったのを覚えています。
ーーー今作の料理のこだわりを教えてください。
今作は原作が漫画なので、みなさんに絵のイメージがしっかりある。実写を見て、原作ファンのかたはもちろん、原作者のかたが見ても
「これこれ!」って納得して、喜んでもらえるものにしたいと思っています。私もオタク精神があるので、そこは追求したくて(笑)。
今日の撮影シーンだと「黒豆チリコンカン」は原作オリジナルですが、さとこが思いたって作ろうとしたから冷蔵庫にひき肉がなくて、豚肉で代用するんですよね。そこは同じように豚肉を細かく切って使ったり、トマトを使うという原作のレシピをいかしつつ、味の濃さを効かせるために
トマトペーストを加えて調整しています。
ーーーフードスタイリストとして大切にしていることはなんですか?
大切にしていることは、
〈きれい〉より〈おいしそう〉に見えること、でしょうか。ちょっと煮くずれていたりだとか、切り方がラフだったり、ナチュラルな雰囲気。目にした人のおいしい記憶と重なる仕上がりを大事にしています。
〈きれい〉と〈おいしそう〉って、必ずしも一致しないですよね? 昔のCMは、蝋細工みたいに美しい料理が求められたんですが、最近はCMもリアルを大切にした表現も増えてきたと感じています。
食卓に登場する料理だけでなく、俳優さんの調理シーンもふくめ、撮影される食べ物全般を担うのがフードスタイリストの仕事。現場の状況に合わせ、臨機応変に対応できるフードスタイリストでありたいと思っています。
4話登場の黒豆のチリコンカン。飯島さん「ブランドの黒豆を使わなければ、大豆とそこまで価格もかわらず、ちょっとぜいたくな気分になれておすすめです」
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忙しい撮影中にも関わらず、ほがらかにインタビューにお答えくださった飯島さん。
ドラマの世界観にぴったりあった料理と、物語の展開とがどのように関わっていくのか、これからがますます楽しみです。
〈PROFILE〉飯島奈美(いいじま・なみ)/東京都出身。映画、テレビドラマ、CMなどで活躍するフードスタイリスト。映画「かもめ食堂」「海街diary」「ちひろさん」「敵」、テレビドラマ「深夜食堂」シリーズなどに参加。昭和の名脇役として知られる沢村貞子さんが26年半毎日続けた「献立日記」をもとにした人気番組「365日の献立日記」(Eテレにて毎週放送中)の料理を担当。