
料理好き、そして玉子好きな小説家の井上荒野さんが、 気楽に作れておいしい「目玉焼き」のせ料理を紹介する連載エッセイ。最終回のレシピは、井上さんの思い出の目玉焼きのせトースト。半熟の黄身をくずしてバターを塗ったトーストといただきます。シンプルで、元気をくれるひと皿です。
10
最終回
目玉焼きのせトースト
厚切りのトーストに、目玉焼きをのせる。
目玉焼きはもちろん半熟。ナイフを入れて、とろりと流れ出した黄身を、パンに絡めながら食べる。
これは私にとって「おじいちゃんのトースト」だ。子供の頃、母がこれを作ってくれるたびに、「おじいちゃんがこうやって食べてたのよ」と言ったから。今ではめずらしくもない食べかただけれど、当時としてはハイカラなひと皿だったのかもしれない。私の最初の「目玉焼きのせ体験」でもあった。
コロナの第一波は今(五月中旬現在)、収束の兆しを見せている。だがワクチンや治療薬の開発には時間がかかりそうで、それまではコロナと共存せざるを得ないと言われている。以前とはたぶんいろんなことが変わってしまう「アフターコロナ」の世界では、「目玉焼きをのせればたいていのことはどうにかなる」なんて言葉はひどく呑気に響いてしまうかもしれない。
ではどうするか。結局は、自分にできることをやっていくしかないのだろう。自分にできること——私にできることの一番目は小説を書くことだが、大きく考えれば、「じゅうぶんに生きること」だろうと思う。
日々に楽しみを見つけること。でも、怒るべきことにはちゃんと怒ること。自分のためにも他人のためにも、あきらめないこと。
この連載は、今回が最終回となります。毎回楽しく書かせていただきました。ときどき何かに目玉焼きをのせつつ、じゅうぶんに、元気に生きていきましょう。お読みくださってありがとうございました。
まだまだ寒い
長野ですが…ときどきはテラスで
食事できる気温に
なりましたいつも
じゅうぶんに
生きてる猫地味だけど
風情がある山の桜
レシピ
目玉焼きのせトースト

- 食パンをトーストする。今回パンが薄めです。
- 目玉焼きを作る。見栄えをよくするために、最初にハムだけ焼いて取り出して、そのあと玉子を焼きました。
- パンにバターを塗り、目玉焼きとハムをのせる。塩、こしょうをふる。
付け合わせにしたのは昨夜の残りのほうれん草のソテーです。フライパンの横で輪切りにしたトマトなんか焼いてもおいしいです。

撮影/三原久明
- 井上荒野(いのうえ・あれの)
- 1961年生まれ。89年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞、2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、08年『切羽へ』で直木賞、11年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、16年『赤へ』」で柴田錬三郎賞、18年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞受賞。著書に『夜をぶっとばせ』『ママがやった』『綴られる愛人』『あちらにいる鬼』など多数。新刊『よその島』(中央公論新社)発売中。
現在は東京と長野を拠点に生活。インスタグラムに手作り料理や愛猫との暮らしの写真などを投稿している。
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文・写真・料理/井上荒野 構成/掛川ゆり