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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】食欲もなく完全に秋バテ。これなら作れるかもと思えた、カツ代のにら卵

柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~

第29回  食欲もなく完全に秋バテ。これなら作れるかもと思えた、カツ代のにら卵

猛暑が終わったと思ったら、台風。仕事のトラブルも色々あって、食欲もなく、すっかりバテてしまった。毎月の楽しみとしている、作って書く、この連載も、今回ばかりは「どうしようかな」という感じである。家族に食事を作るのも同様だが、かといって外食する元気もない。
そんな時にオレンジぺージさんから一冊のレシピを頂いた。
96年『小林カツ代の すぐ食べたい!』(講談社)である。約30年前の刊行で、今読むと、びっくりするのが、情報量の少なさである。扉を開くと、「すぐ食べたい!ときは、必ずおなかがすごくすいているときです。だからすぐ作れなくっちゃなりません。そんなときはどうぞこの本を開いてくださいな」というカツ代さんの短い文章がパッと目に飛び込んでくる。今、なかなかこんなシンプルなコンセプトにお目にかかれない。
元々このレシピシリーズは「じゃがいも大好き」「キャベツ大好き」「なす大好き」と、すっきりしたワンテーマが特徴のようだ。今人気の料理本からは考えられないほど、字が大きく、料理のアップだけがどんと前に出ている。終盤のモノクロページには本連載の第3回、愛弟子の本田明子さんから教えていただいた、あの格言が書かれていた。
「あわててキッチンに駆け込むと、私はいつも真っ先に、やかんにお湯をたっぷり沸かします。これは、レシピ以前のポイント! なんでもないことのようでも、すごく役に立ちます。時間がないときほど、能率アップにもつながります」
巻末には当時カツ代さん考案のキッチン用具を売っていた「小林カツ代のキッチン4」や、野菜たっぷりのお惣菜やケーキが食べられる「KATSUYO GREENS」のアドレスが紹介されている。眺めていると、カツ代さんが伝えたいことが、ぐんぐん頭に入ってくるのがわかる。連載の読者さんは気づいていると思うが、このところ、特に新聞連載が始まってからは、カツ代レシピという有料サイトに頼っていて、あまり紙の本に触っていない。もちろんスマホで見ても伝わってくるカツ代マインドは変わらないのだが、やはり小さな画面の情報を隅から隅まで追いかけて、料理を作りながらも何度も情報が消えていないか確認しているのだから、気持ちがせかせかしているのは事実だ。
この薄い本だと、食欲が出ないまま、ぼんやりとやる気なくめくっていても、何故か読めてしまう。理解できる。具がひき肉とねぎだけの「ねぎだけギョーザ」は今大人気の長谷川あかりさんを彷彿とさせる「潔さ」だし、「ぶりのマスタードソース」で、これはケンタロウさんが2000年代、とてもよく似たメニューを、女性誌で紹介していたのを急に思い出す。あの頃は照り焼きや大根と煮るイメージしかなかったぶりが突然おしゃれな装いで、しかもご飯に合うことに私はとても新鮮に感じ、驚いていた。しばらくして、「にら卵」ならば、作ってみようかな、となった。なにしろ、おそろしく簡単なのに、さも手のかかる料理の顔をして、この本の表紙を務めているのだ。一見、丁寧に作られたチヂミっぽい。

ごま油を熱したフライパンに、塩で味付けした卵液を流し入れ、いきなり、生のニラを載せ、ぎゅっと折りたたむ。本当にあっという間なのだが、切り口の強い緑と、卵の中で蒸されたニンニクにも似た命を感じる青い匂いが、眠っていた活力を呼び覚まし、気づくと、咀嚼が止まらない。ご飯も食べ、あっという間に気力が回復した。

そうやってちょっと落ち着いて自分を省みていると、これまでこうしたダウナーな時期は何度となく訪れ、その度に、友達の励ましと自分で料理を作ることで乗り切ってきたんだなあと、ハッとするのである。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「小林カツ代のすぐ!食べたい」(1996年・講談社)より一部引用

『にら卵』のレシピ

材料(つくりやすい分量)
にら……1束
卵……3個……1かけ
ごま油……小さじ1
●にらは半分に切る。
●卵は溶いて塩を混ぜる。

作り方
(1)ごま油を熱し、強めの中火にして溶いた卵を入れ、すぐ、半分に切ったにらをダーッとのせる。
(2)卵の表面が少し固まってきたら、手前から三つ折りくらいに大きめに巻いていく。
(3)上からフライ返しでギュッと押して焼き(卵が出ても気にせず)いい焦げ目がついたら裏返して少し焼く。
(4)食べよく切って盛る。好みでしょうゆをチョロッ。
次回は10/25(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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