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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】これだ、これが今、一番食べたかった味だ。小林カツ代の「マロンブランケット」

柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~

第30回  【柚木麻子連載】これだ、これが今、一番食べたかった味だ。小林カツ代の『マロンブランケット』

前回は夏バテで全くやる気がなかったが、涼しくなったら突然、生まれ変わったかの如く力が湧いてきた。色々なものを作りたい、見たい、チャレンジしたい欲で今、いっぱいである。
こんな時、この連載をしていて、本当に良かったと思う。なぜなら、気力がなくても作れるメニューと大作メニューが常に隣同士なのが、小林カツ代の著作の特徴だからだ。思い立ったらすぐ向こう側に飛んでいける。最近の書店の料理本の棚を眺めていると、簡単なレシピと難解なレシピで、完全に棲み分けが進んでいるとわかる。わかりやすいし、初心者にはありがたいと思う。しかし、私は常に何事も人間から入っていくので、一人の料理研究家の中に無限の宇宙を感じていたい。時短レシピで有名な研究家さんが、プライベートでは仕事では絶対に作らない、何日もかかるような料理を好んでいると聞くとワクワクするし、高級店の密着取材で、天才シェフが賄いでささっと作るチャーハンや焼きそばに何よりも魅力を感じる。
インタビューを受ける立場になってつくづく実感するのだが、メディアの中にいると「見出しを取りやすい」「キャラ付けしたい」という要求を突っぱねるのはなかなか難しい。できるだけわかりやすく、自分を単純化して伝えるように頑張っていると「あれ、私、そんなことが言いたかったのかな?」と、立ち尽くすことがしばしばだ。私がずっと飽きずに小林カツ代さんを追い続けているのは「家庭料理のパイオニア」「明るい国民的人気者」の役割も引き受けつつ、フェミニストの面、アクティビストの面も、加えて繊細な芸術家肌の面、その全部の要素を隠さず、同時に前面に押し出していたところだ。作品にもそれが出ていて、どの著作の中にもいろんなタイプのレシピが共存している。そんなわけで、カツ代さんらしいやさしいレシピに混じって、しれっとさも簡単そうに紹介されているけれど、実は相当面倒そう、と前から目をつけていた「マロンブランケット」に挑戦してみることにする。
栗のお菓子はこの時期たくさんお店に出ているが、一見、栗がたっぷり入っている風に見えて、生クリームやカスタードでかさ増ししているだけの薄い「栗風味」であるものも多く、ぎっしり旬の味が詰まったホクホク食感の残るものはびっくりするほど高い。
例えば、虎屋の「栗蒸羊羹」は栗の入り方が理想的だが、2700円もする。八百屋さんで栗を買えば大体500グラムで500円なのに……! と、なると、自分で作るのがベストだが、栗の皮剥きや渋皮剥きは時間がかかる上、手指が痛くなるし、カサカサになるから、取り掛かるにはなかなかの決意が必要だ。本田明子さんも「栗菓子の高さは人件費」だと教えてくれた。
さて、「マロンブランケット」は確かに大変だが、とにかく栗を皮から掻き出し、牛乳で煮て、クレープで包むという、テクニックいらずのお菓子でもある。根気で成功が確定しているところが私むきなのではないか。絶対に美味しいとわかるし、失敗しても引き返せる工程なので、どっしりした気持ちで取りかかることにした。まず、栗を皮ごと茹で、熱いうちに半分に切って、中身をスプーンで掻き出していく。数年前に土井善晴先生が「栗ジャム」を発表し、なんて画期的なレシピなんだ、と感じ入ったのだが、先に栗を茹でてしまうやり方がよく似ている。またしてもカツ代さん、時代を先取りしていた。皮ごと栗を茹でると、砂糖を入れたわけでもないのにほのかに甘い匂いが台所に漂い、この時点でもうやってよかったという気がする。
栗をを掻き出す作業は手元をしっかり見ないと危険なので、動画を見ながらというわけにも行かない。ラジオを流すことにした。艶々の熱い栗から中身を掻き出していると、腐っていたり、虫が入っていることがままある。だけど、ギャンブル感があり、意外と楽しい。500グラム分の掻き出した黄金色の山はそれだけで贅沢すぎる眺めである。そこに「ちょっと多過ぎないか」と思うくらいのたっぷりの牛乳を加え、火を入れ、砂糖と卵黄で練り上げていく。最初はスープのようなシャバシャバの状態だが、次第にとろみを帯び、最後はあんこのようにしっかり堅い、マロンクリームができ上がった。バターや生クリームは入っていない、砂糖控えめの栗だけでできたホクホク感もあるまろやかな甘さ……。そう、これが食べたかったとヘラを舐めてうっとりした。お店で出したら、1500円くらいするのではないか、と想像するだけで、得意でならない。
翌朝、クレープを焼き、自慢のマロンクリームをまいていく。その日はA子ちゃんと美術館に行くので、ラップに包んで保存容器に入れた。生菓子が持ち歩ける気候が嬉しい。美術館そばのフリースペースでA子ちゃんにあげたら、早速その場で食べてくれ、「これだ、これが今、一番食べたかった味だ」と、絶賛してくれた。
その晩は、調子が出てきて、この連載で習得したマカロニグラタンを焼いてみた。やはり時間がかかる季節の食材を使ったものは、確実に美味しい。嬉しいので、欲しい人にマロンブランケットを配り歩くことにして、スケジュール帳に「栗の下処理の時間」を、先に確保するためにせっせと書き入れている毎日である。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「KATSUYOレシピ」より一部引用

「特製マロンクリームとしっとり柔らかなクレープ。危険な美味しさ★」

『マロンブランケット』のレシピ

材料(10人分)
【クレープ生地】
小麦粉……100g
卵……2個
牛乳……1カップ
砂糖……大さじ2
溶かしバター……大さじ2
バニラエッセンス……少量

サラダ油……適量

【マロンクリーム】
生栗……500g
砂糖……50g
卵黄……1個
牛乳……1カップ
ブランデー……大さじ1

作り方
【クレープを作る】
(1)
ボウルに小麦粉をふるい入れ、卵、牛乳、砂糖、バニラエッセンスを加えて、泡立て器でよく混ぜる。
溶かしバターも加えてよく混ぜ、ラップをかけ30分位ねかせる。
(2)フライパンを熱してサラダ油を薄くひき、クレープ生地をお玉一杯ほど流し入れ、フライパンをかたむけながら薄く広げる。
(3)回りが乾いてきたら、ひっくり返してサッと焼き、取り出して次を焼く。これを生地がなくなるまで繰り返して焼く。
直径26cmのフライパンなら、全部で10枚ほど焼ける。【マロンクリーム】
(4)栗は殻ごと、柔らかくゆでる。まだ温かいうちに半分切る。
切る時は、まず包丁のあごの部分を刺して切り込みを入れると半分に切りやすい。
(5)スプーンで中身を出す。
栗をマッシャーかすりこ木でよくつぶし、水でぬらした鍋に入れる。
砂糖、牛乳を加えて火にかけ、木ベラでさらにつぶしながら練り混ぜる。
(6)いったん火を止めて卵黄を加え混ぜ、再び火にかけて練りながら卵黄に火を通す。
トロリとしてきたら火を止めてブランデーを加え混ぜる。

【包む】
(7)マロンクリームをクレープで包む。
(8)好みでココアパウダーと粉砂糖を振って食べる。

POINT 市販のマロンペーストを使って気軽に作っても美味しいけど、新栗が出回る頃に手間ひまかけて作った味には、とうていかなわないのです。
※材料は8~10個分

次回は11/22(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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