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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】アフタヌーンティーは手作りが一番疲れない。カツ代レシピのスコーンと。

柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~

第31回  【柚木麻子連載】アフタヌーンティーは手作りが一番疲れない。カツ代レシピのスコーンと。

アフタヌーンティーが好きだ。
スコーンやサンドイッチや紅茶はもちろんだが、前もって友達とこの日のために予定を合わせて予約をして、昼すぎに軽食をつまみながら、ホテルやカフェで単にくつろぐという時間が好きすぎる。大人たちと力を合わせて遊ぶ。こういうことのために働いているのだと胸を張って言える。
ところが、加齢のせいか、最近、ケーキスタンドに載っているお菓子を全て胃に納めるのが苦しくなってきた。
今年、仕事でイギリスに行った時も、アガサ・クリスティーの定宿であり『バートラム・ホテルにて』のモデルとも噂される「ブラウンズホテル」のアフタヌーンティーを予約した。しかし、張り切って頼んだ、スコーンやサンドイッチが半分くらいしか食べられなくて、包んでもらったのが非常に無念だった。ここで食べたきゅうりのサンドイッチはワインビネガーがきいていて爽やか、そして、初めて食べたカレー味のするヨーグルトソースの鶏肉のサンドイッチがびっくりする美味しさだった。 
いや、包んでもらうのがいけないわけではないし、ホテルに戻って平らげたのだが、せっかくならあの生のピアノが流れる中、暖炉や骨董品を眺めながら、エレガントなお給仕に守られて、食べ終えてしまいたかった。
そんなわけで、アフタヌーンティーは自分で手作りでやるのが一番疲れない結論に落ち着きつつある。年々、秋が短くなっている気がするので、11月の上旬、えいやと狙い定めて仲良しや先輩を集めてピクニックを開催することにした。
サンドイッチにミルクティー、そしてスコーンを用意するのは私の係である。「ブラウンズホテル」で食べたきゅうりのサンドイッチとあのカレー味の鶏肉のサンドイッチを再現するのが今回の大テーマだ。
ちなみにあの鶏肉のサンドイッチの具は、コロネーションチキンという有名な料理だと、識者に教えてもらった。CORONATIONという単語を調べると「戴冠式」という意味で、1953年、エリザベス2世の戴冠式の昼食に出されたのが始まりらしい。うわ、そういう意味での「カレー粉」なのか! そういえば、『虚栄の市』(1847年)みたいな古い英国小説を読んでいても、普通にカレー料理が出てきて驚くのだが、あれも植民地主義のあらわれなのである。うーん、イギリスのお給仕を必要とするような伝統的な食事は、小説で読んできたせいもあって私は大好きだが、それは支配の歴史と背中合わせなのだ。だからこそ、自分の手で作り、自分でお給仕することで、そこを乗り越えていきたいな、という気持ちが年々強くなる。カツ代さん同様、私も戦争は絶対反対である。
前日はパン屋さんで予約しておいた3斤のパンを引き取りに行く。よくよく考えたら、サンドイッチは失敗しようがない料理だし、紅茶だってよほどのことがない限り大抵美味しくできる。人にやってもらわなくても大丈夫。おまけに私には、カツ代さんのレシピという大きな味方がついている。
カツ代さんはレシピを調べる限り、クラシカルなアフタヌーンティーが大好きだったようだ。ジャムやスコーン、サンドイッチのレシピがたくさんあるのはもちろん、直球で王道の上品な味わいを目指しているところがある。カツ代さんも昼下がりにお友達を集めておもてなししたのだろうか。今回はプレーンスコーンとたまごサンドを作ってみることにする。
ちなみにコロネーションチキンサンドイッチは、ヨーグルトを使うことから、明治ブルガリアヨーグルトの公式レシピで作るにした。
ヨーグルト、カレー粉、マヨネーズ、チャツネで、茹でた鶏胸肉をあえるというレシピ、なるほど爽やかな甘みの中にどこか懐かしさを感じるわけである。全員絶対好きな味だ。使用するチャツネは、この連載の挿絵を描いてくれている澁谷玲子さんから頂いた手作りの絶品梅ジャムで代用する。 
せっかくなのでこのところよく作っているホルトハウス房子さんのマロンシャンティーを持っていくことにする。こちらカツ代さんの気楽な栗のむき方とは何もかも違い、本当に面倒なのだが、牛乳とバニラで煮た栗のほろほろした味わいが周囲に人気で、もう栗が終わる時期なので、思い切って作ってみることにする。
コロナ禍に、いつかはピクニックを、と願って、アンティークショップで買ったものの一度も使っていないピクニックセットを引っ張り出して、お皿やフォークを消毒し、サンドイッチの具を作り、スコーン生地をこねてから、眠りにつく。 
翌朝は特製ミルクティーを作り、この日のためにメルカリで買った魔法瓶につめ、スコーンを焼いている間に、サンドイッチを仕上げていく。写真から見ても伝わる通り、私はサンドイッチを切るのが大の苦手なのだが、具とパンがあれば100パーセント美味しいから、大丈夫、と言い聞かせ、大荷物で待ち合わせの公園に走った。
 奇跡的にこの日は素晴らしい秋晴れで、ピクニック日和だった。コートを羽織るとやや暑いくらいである。紅葉が美しく、Docomoタワーがエンパイアステートビルに見えなくもない、ここはセントラルパークだ! ブランケットの上に広げて日差しを浴びれば、サンドイッチのガタガタもあまり気にならない。
スコーンもコロネーションチキンサンドイッチも、かつてないほど仲間からの好評価を受けた。誰かを支配しなくても、昼過ぎにお菓子と紅茶を楽しむことはできると実感した。何よりアフタヌーンティーは、忙しい仲間たちとこうやって時間を合わせることが一番の調味料なのである。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「KATSUYOレシピ」より一部引用

「サンドイッチと言えばコレ!」

『卵のサンドイッチ』のレシピ

材料(2人分)
食パン(サンドイッチ用)……4枚
バター……適量
マスタード……適量
ゆで卵(固ゆで)……3~4個
パセリ(みじん切り)……大さじ1
塩……少々
マヨネーズ……大さじ1

作り方
(1)
パンの片面にバターをぬり、1枚にはマスタードもぬる。
2枚1組にして、清潔な固く絞ったぬれ布巾をパンが乾かない様にかけておく。
(2)ゆで卵はフォークの背か、マッシャーでつぶす。
(3)塩、マヨネーズを加えて混ぜ、パセリのみじん切りも混ぜる。
パセリを入れる入れないは好みで。
(4)パンをのせてはさみ、食べやすく切る。

POINT マヨネーズは入れすぎないこと。
POINT パンの耳はあってもなくても、好きな方を。


「英国のティータイムには欠かせません。焼き立てに、バター、ジャム、サワークリーム。あー、幸せ。」

『プレーンスコーン』のレシピ

材料(つくりやすい分量)
小麦粉……200g
ベーキングパウダー……小さじ1
塩……少々
砂糖……30g
バター……30g
卵1個+牛乳……1/2カップ
打ち粉……適量

作り方
(1)
小麦粉、ベーキングパウダー、塩、砂糖は合わせて、大きめのボウルか台の上にふるい落とす。
(2)冷蔵庫から出したての冷たいバターを①の粉の上に置く。スケッパーや木べらでバターに粉をまぶしながら切り込む。
(3)バターの粒が小豆くらいの大きさになったら、卵と牛乳を合わせて1/2にし、少しずつ加えながら、指でつまむように混ぜる。
練らずに生地をまとめていく。
(4)全体がまとまったら、ビニール袋に入れて20~30分冷蔵庫でねかせる。
ここでは多少ポロポロしていても大丈夫。袋の上から軽く叩いてまとめる感じでいい。
(5)オーブンを200℃にセットして余熱する。
(6)打ち粉をふった台やまな板に生地をのせて2cmの厚さくらいにのばし、打ち粉をふった型で抜く。
(7)余った生地はそのまま重ねて手で押さえ、厚みを均等にする。
大きければ型で抜いてもいいし、カットしてもいい。
(8)天板に並べ、200℃に熱したオーブンで5分、180℃に下げて15分ほど焼く。
(9)焼き上がったら、好みのジャムやサワークリームなどつけて食べるとさらに美味しい。水切りヨーグルトや蜂蜜も合う。

※材料は直径6~7cmのスコーン10個分
POINT 生地は混ぜすぎないサックリ焼き上げるポイント。
POINT 型は茶筒のフタやコップなどでも大丈夫。見当たらなければ、好みの大きさに包丁で切り分けてもいい。型や包丁には打ち粉を忘れずに。
POINT 焼きたてにジャムやサワークリームを。

次回は12/27(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。
毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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