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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】猛暑で子と過ごす夏休みがキツすぎる。こんな時は、おうち夏祭りで解決だ。

柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~

第28回  猛暑で子と過ごす夏休みがキツすぎる。こんな時は、おうち夏祭りで解決だ。

猛暑で子と過ごす夏休みが非常にキツい。学童に持たせるお弁当作りが、いろいろ気を使う。外遊びをした翌日は私が使い物にならない。雨が降る前は、気圧の変化が辛く、横になってスマホを触るしかできない。
色々なパターンを試した末に、子どもたちを家に呼んで、涼しい室内で仲良く遊んでもらいながらそれをなんとなく横目で眺めつつ、気の合う母親たちで食べたり、喋ったりするのが一番楽だと気がついた。

私だって口でいうほどダメな親ではない。この天候での外遊びが体力的に無理なだけで、室内なら、そして他者の目があれば、それなりに動けるはずだ。
今回は、大阪出身のママ友、Cさんが本格的なたこ焼きを焼いてくれると聞いて、おうち夏祭りを決行することになった。同じくママ友でもある、振付演出家の竹中夏海さんはわたあめ製造機を、おなじみA子ちゃんは宝石すくいのセットを持ってくると言ってくれた。

そこで私は、かき氷と焼きそばを担当することになった。といっても、1000円くらいのかき氷機と3種類のシロップをネットで購入し、あとはたくさん氷を作っておくだけでよい。焼きそばは、いつものように「カツ代レシピ」から。


そういえば、カツ代さんは焼きそばのレシピを異様にたくさん考案している。レシピ内検索だけで30件ヒットし、塩味、醤油味、野菜1種類のシンプルなものから、餡をかけたかたやきそばまで様々だ。本田明子さん(カツ代さんの一番弟子)にうかがったところ、ケンタロウさんが焼きそばをとても好きだったためらしい。

せっかくのおうち夏祭りなので、「屋台風焼きそば」をチョイス。具はキャベツ、もやし、豚こまだけ。4人分以上の時はあらかじめ麺を油で炒めておく、とんかつソースで味付けし、最後に鍋肌から醤油をまわしかけることで香ばしさをプラスするのがコツらしい。とにかく簡単だ。


というわけで、非常に気楽な状態で、本番までの時間を過ごしたが、その間、Cさんは何度か我が家にやってきて、専用ソースや鉄板、天かす、前日はネギ、刺身用たこなどをせっせと運び込んでいた。それを見ているうちに、どうやら私が知っているたこ焼きと、Cさんの作ろうとしているそれはまったくの別ものであることに徐々に気づく。当日、黄金色のアゴだし汁を2リットルのペットボトルに入れて持ってきていて、その美しく澄んだ色に、はっとなる。これからすごいものを食べられるんじゃないか、と勘が働き、期待で胸が鳴る。

外は猛暑からの大雨だが、A子ちゃんが手早く膨らませたプールに水を張り、スーパーボールや金魚のおもちゃを放り込んだ。たちまち群がる子どもたち。遊ばせている間にCさんが鉄板を熱し、だし汁、粉、卵をといた生地を、お玉でさあっとレースのように広げていく。この時気づいたのは、私の知っているたこ焼きレシピより断然粉が少なく、だし汁の割合が多いことだ。たこやカニカマなどの具材を入れて、くるっとひっくり返されたたこ焼きはフワフワで完璧な球形だ。Cさんおすすめのソース、青のり、鰹節、マヨネーズをかけて、一口食べて驚いた。

香りの高いだし汁を、極力減らした粉と卵で焼き上げていて、要は閉じ込められていただし汁が口の中に広がっていく心地よさなのだが、明石焼きとは違っていて、焼いた小麦粉生地特有の香ばしさも堪能できる。柔らかく、空気を感じるけど、食べ応えもあり、味に奥行きがある。いくつ食べても飽きるということがまったくなく、「こんなにおいしいたこ焼きを食べたことがない」と一同大絶賛で、しばし無言のままたこ焼きを食べ続けた。この最高のたこ焼きのおかげか、それともカツ代さんのレシピ力か、私の焼きそばも、「香ばしい」「なんともいえない風味で止まらない」と好評を受ける。

肝心の子どもたちというと、親たちほどたこ焼きにも焼きそばに夢中になるわけではなく、わたあめ作りやかき氷作りにのめり込み、夜は花火まで楽しみ、随分遅くの解散となった。当初目論んでいた通り、いろいろ用意してあとは勝手に遊んでもらい、親は親で固まっているのは本当に楽だし、子たちも満足そうだった。

残りの夏もこれでいきたい。
しかし、あの日から私はあのたこ焼きのことを考え続け、次はいつ焼いてもらえるかなーと、意地汚く期待している。カツ代さんもCさんも大阪出身で、食のセンスが研ぎ澄まされ、カツ代さんの言葉を借りるなら「シュッとした」魅力の持ち主であることは共通している。

結論からして、おうち夏祭りを誰よりも堪能したのは私だったかもしれない。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「KATSUYOレシピ」より一部引用

「極めてシンプル。色々具を入れない潔さが肝心です。」

『屋台風焼きそば』のレシピ

材料(2人分)
焼きそばめん……2人分
豚こま切れ肉……100g
塩……少々
こしょう……少々
キャベツ……1/8個(250g)
もやし……1/2袋
サラダ油……大さじ1
とんかつソース……大さじ2~3
醤油……小さじ1
紅生姜……適量
青海苔……適量

作り方
(1)キャベツは3~4cm角に切る。
もやしは気になれば、ひげ根をとる。
(2)フライパンにサラダ油を熱して豚肉を入れ、すぐに塩、こしょうをふって強めの中火で炒める。
(3)肉の色が変わったら、キャベツ、もやしの順に加えて強火でサッと炒める。
(4)野菜を端に寄せて、めんをほぐしながら加え、焼くように炒めて熱くなったら全体を炒め合わせる。
(5)とんかつソースを加えて全体がなじむ様に炒め混ぜ、最後に鍋肌めがけて醤油を回し入れ、ざっと混ぜる。
(6)器に盛り、紅生姜を添えて青海苔をふる。
POINT 4人分作るときは、めんをあらかじめ炒めておいて、炒めた具と合わせると楽に美味しく仕上がります。野菜から水分が出過ぎて、全体がクタッ、ペチャッ、とならない様に仕上げたいですね。
最後に醤油を加えると、鉄板で焼いた様な香ばしい香りが漂います。


次回は9/27(土)更新! お楽しみに。

柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。
毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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