close

レシピ検索 レシピ検索
柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】作り始めて12年目のおせちが、史上最高の美味しさに。カツ代レシピで学んだこと ‌

2024.01.27

作り始めて12年目のおせち

第9回「作り始めて12年目のおせちが、カツ代レシピで史上最高の美味しさに」

第8回 小林カツ代なら、どうする?聖夜にパレスチナ・オリーブオイルで揚げる「ケンタッローフライドチキン」

30代に入ってから、おせち料理を作るようになった。12年目となる今年2024年のおせちが、これまでの中で一番美味しくできた。

何故か?

それは小林カツ代さんの著作『小林カツ代のやさしいおせち』(講談社)のおかげである。1995年に発行された、つるっと手触りがいい小さなサイズの本で、工程や材料がミニマムな、年始のごちそうレシピがまとめられている。(この「やさしい」シリーズはクリスマス編など、用途が多岐にわたり、どれもおすすめである)

カツ代さんは序盤にこう書いている。
「私はけっして、伝統の味保守派ではありません。今の味覚にどうしても合わないものに固執する必要は全然ないと思います。ただ、昔の人々が、お正月を祝った気持ちやおせちに託した意味は伝えていきたい。だって、私たちが『やーめた』といったら、この世代で断ち切れてしまうのですから」

大阪の卸問屋のお嬢さまとして大勢の使用人に囲まれて育ったカツ代さんは、幼い頃、絢爛豪華なお正月を過ごしてきた。家の前には家紋の入った幕が揺れ、家族全員黒塗りのお膳で、新しいものだけ身につけていただくお母さまの手の込んだおせちが、原風景らしい。
しかし、そこに固執しないのがカツ代さんだ。前回書いたように料理研究家になってからは、働く女性のために新しいものをガンガン取り入れて、アップデートを繰り返してきた。捨てるものは捨て、取り込めるものはどんどん取り込んでいく、そのバランス感覚が『やさしいおせち』では炸裂する。
例えば、煮しめだったら、野菜の種類ごとに煮方を変えるクラシカルな「別々煮」と全部同じ鍋で仕上げる「いっしょくた煮」が、上も下もなく同じページで同時に紹介されている。お雑煮ならぬ、焼いたお餅をポトフに放り込んだ「もち入りポトフ」はメイン料理にもなる優秀なアイデアだ。和風ばかりでは飽きるだろうと、根菜で作るラタトウイユも新しい。


さて、私の毎年作るおせちのラインナップはこちらだ。
黒豆、栗きんとん、煮しめ、チーズいりこ、ローストビーフ、ゆずをくりぬいてイクラを詰めたもの、伊達巻き、なます、エビのうま煮、真鯛の昆布締め、かずのこ、かまぼこ。
(チーズいりこは、私が長年ファンを続けている、ともさかりえさんのブログで知った。とろけるチーズと食べられる煮干しをレンジにかけてカリカリになるまでチンをする。タンパク質と鉄分を同時に取れるので重宝している。あと、普段はスーパーマーケットで買い物することが多いが、年末は地元の個人商店にお金を落としたいので、肉屋さん、魚屋さん、八百屋さんで、材料は奮発するようにしている。ガレット・デ・ロワやお餅など、おせち以外にもたくさん食べたいものが多いので、砂糖はできるだけ、ラカントを使用するようにしていて、今年からはシロップタイプに切り替えた)

ちなみに、『やさしいおせち』に「栗きんとん」の作り方は載っていないので、例年通りラカントの公式サイトで紹介されている、カロリーは低いがちゃんと甘いレシピで作った。そうそう、カツ代さんは苦手な食感というものがはっきりしていて、好みにそぐわないものはどんなに定番でも無理して作らないところがある。
よって、黒豆、煮しめ、ローストビーフ、伊達巻き、なます、かずのこのみ、本の通りに作った。
黒豆は煮るより漬けておく時間が長い工程だから、つきっきりにならなくても、ふっくら仕上がる。カツ代さんにとっては、なますがサラダ感覚というのも目からうろこだった。ゆずの皮を入れるのがポイントである。分厚いステーキ肉に焼き目をつけてしょうゆにだけどぷっと漬けるローストビーフはうちの子どもが夢中になった。毎年作る時間がかかるものより、肉の味がキリッと引き立つようで、好評である。
「わ。これ、おばあちゃんの味にそっくり」と、年始にやってきた母はおせちを一口食べて、目を丸くしていた。「やっぱりそうだよね!」と私は身を乗り出す。

父の母親である祖母は時間をかけておせちを作っていた。全体的に茶色の地味な色合いで、煮た野菜が中心だった。かつおをおろしてていねいにだしを取っていたらしく、どれも豊かな香りがした。実家の味なのかもしれないが、嫁ぎ先に合わせて、横浜の料理教室にも通っていたらしく、どこか洗練された雰囲気もあった。私はこの味が好きで、幼稚園の頃から、お正月に父の実家に行くのが楽しみで仕方がなかった。

20代も終わりに近づいて、ふと気づいて、祖母におせちを習っておかなくちゃ、と思い至ったのだが、その頃は祖母も体調が悪くなっていた。さらに、両親はすでに離婚していたので、なんとなく父の実家に出入りしづらく、色々悩んでいるうちに、祖母が亡くなる。そして私は、見様見真似で、おせちを作り始めることになる。まもなく父も亡くなる。
離婚はしたが、母も父の母親のことはずっと好きで、その料理のファンだったのである。私は父を愛してはいるが、頭の硬さやその価値観を育んできた環境はどうかと思うところもある。
ただいつもコツコツと家のことだけしていた祖母の姿はよく思い出し、その味わいは今も忘れない。胸に留めていると、思いがけない形で、再会することは可能なんだな、と艶々の黒豆を食べながら、母としばらく祖母の話をした。
なんで今年のおせちだけ、祖母の味に似たのかは、これから解明していくが、からだのために祖母もおせちにシロップタイプのラカントを使用していたらしいこと、さらに、彼女が通っていた料理教室が、当時マスメディアでメインを張っていた小林カツ代になんらかの影響を受けていた説も浮上している。


さて、これはクリスマスからお正月、カツ代さんのレシピを作り続けて分かったのだが、食材を豪華にすることではなく「メリハリ」が大切、と学んだ。気前がよい印象のカツ代さんだが「特別」を盛り上げる作戦がすごい。例えば12月になったら野菜の煮物を控えて、おせちのハレ感をあたためていく。ケンタロウさんやまりこさんの好物も「ここぞ」という時に備えて日頃はなるべく、控えていたそうだ。
今年は、年下の友達3人が「欲しい」といってくれたので、大みそかに100円ショップの使い捨て重箱に一口ずつ詰めて、おせちを配った。聞くと、それぞれ、都会で推し活したりオールナイトで映画を見たりして過ごす年末年始で、非常に楽しそうだ。祖母の味が令和な正月に溶け込むと思うと、ちょっと誇らしい。「アップデート」というキーワードを、最近、イタい背伸びとして冷笑する向きがあるが、カツ代さんのレシピを再現していると、思い出を大切にしつつ、どんどん楽に、とっつきやすくできる手段を編み出していくことは、世界への貢献になりうる。先取りする人は、リアルタイムでは周囲に驚かれていても、何十年先も古びない印象がある。

そしてアップデートを繰り返していると、巡り巡って、心に眠る風景に、たどり着くことも可能なのである。

今回の小林カツ代さんレシピ

※「小林カツ代のやさしいおせち」(1995年・講談社)より一部引用

「12月の策略」
煮しめはおせちの定番。欠かさずに作りたい料理の一つです。そこで、時間と手間をかけられる人用には伝統的な煮方の別々煮を、今年はちょっとめんどうだからささっと作りたい人のためにはいっしょくた煮を、2種類紹介しましょう。どちらでも、それぞれのおいしさがあるので、自分の好きなほうで作ってみてください。
さて、ここでおせち料理で家族をワァーッといわせるコツを一つ。それは、お正月近くになったら、おせち料理と似た料理を食卓に出さないこと。とくに野菜の煮物は、12月になったらひかえます。そうすれば、おせちの煮しめが、非日常食、ハレの日の料理として、グーンと存在感をもちます。これも演出ですね。

『煮しめ・別々煮』のレシピ

材料[作りやすい分量]
里芋……10個
ごぼう(細長く乱切り)……1本
れんこん(1cm厚さの輪切り)……1節
こんにゃく(1cm厚さに切る)……1枚
にんじん(1cm厚さの輪切りを型で抜く)……1と1/2本
ゆで竹の子(乱切り)……1本
絹さや……50g
A(だし汁3カップ 砂糖大さじ2 酒大さじ3 塩小さじ1 薄口しょうゆ大さじ1)
しょうゆ……小さじ2
みりん……小さじ2

〈干ししいたけの甘辛煮〉
干ししいたけ(もどして軸を取る)……10~12枚
ごま油……大さじ1弱
B(砂糖大さじ1 しょうゆ大さじ1 しいたけのもどし汁1/2カップ)

作り方
(1)鍋に湯を沸かし、里芋を皮つきのまま3分ゆでて水に取り、皮をむく。
(2)ごぼう、れんこんは5~10分水にさらす。こんにゃくはねじって手綱にする(真ん中に1~2cmの切り込みを入れ、片方を1回くぐらせる)。
(3)鍋に湯を沸かし、(2)と竹の子を下ゆでする。再び煮立ってきたら取り出す。
(4)鍋にAを入れて煮立て、里芋、にんじんを弱めの中火で煮る。
(5)里芋とにんじんがやわらかくなったら、取り出し、煮汁にしょうゆを加え、ごぼう、れんこん、こんにゃく、ゆで竹の子を加えて中火で10分煮、煮上がる直前に絹さや、みりんを加える。
(6)しいたけの甘辛煮を作る。フライパンにごま油を熱し、しいたけをいためる。
(7)(6)にBを加え中火で煮含める。
(8)器に(5)、(7)、絹さやを彩りよく盛りつける。
★だしの取り方(昆布と削り節だし)
昆布10cm長さの表面を水でさっと洗い、4~5カップの水とともに鍋に入れ、30分以上つけておく。鍋を火にかけ、火かげんを中火にしてフツフツしてきたら削り節一つまみを加え、火かげんを弱火にして、1分ほど煮る。ボールにこし器を入れ、鍋をあけ、はしで、ギューッと出しがらを押さえて絞る。(昆布がない場合は、削り節だけでもよい。)

『煮しめ・いっしょくた煮』のレシピ

材料[作りやすい分量]
里芋……10個
ごぼう(3cm長さに切り水にさらす)……1本
れんこん(1cm厚さの半月に切り水にさらす)……1節
こんにゃく(1cm厚さに切る)……1枚
にんじん(1cm厚さの輪切り)……2本
干ししいたけ(もどして軸を取る)……10枚
ゆで竹の子(乱切り)……1本
絹さや(さっと塩ゆでする)……50g
A(だし汁2カップ 薄口しょうゆ大さじ2 しょうゆ大さじ1 酒大さじ1)
みりん……大さじ1~2
塩……少々

作り方
(1)鍋に湯を沸かし、里芋を皮つきのまま3分ゆでて水に取り、皮をむく。
(2)こんにゃくはねじって手綱に(真ん中に1~2cmの切り込みを入れ、片方を1回くぐらせる)。
(3)鍋に(1)、(2)、ごぼう、にんじん、干ししいたけ、こんにゃく、ゆで竹の子を入れ、かぶるくらいの水を入れてふたをし、強火にかけ、煮立ったらざるに上げる。
(4)(3)を鍋にもどし、Aを加えて強火にかけ、煮立ったら中火にし、ときどき鍋を揺すりながら約15分ほど煮含める。
(5)仕上がりにみりんを入れ、もう1度一煮立ちさせて、照りを出す。
(6)器に(5)と絹さやを彩りよく盛りつける。

『黒豆』のレシピ

材料[作りやすい分量]
黒豆……2カップ
湯(60℃程度のもの)……6カップ
A(砂糖150g~ しょうゆ小さじ1 塩小さじ1/2 重曹3本指で1つまみ)
水……1/2カップ

作り方
(1)黒豆はよく洗う。
(2)鍋に湯、Aを入れて混ぜ、よく溶けたら黒豆を加えて4~5時間そのままおく。
(3)(2)の豆がふっくらしたら中火にかけ、フツフツしたら水を差し(びっくり水)、ごく弱火にし、豆がやわらかくなるまで2時間ほど煮、火を止め、そのままさまして味をなじませる。
★黒豆にしわがよらない煮方は①ごく弱火で煮る。②煮汁がいつも豆にかぶっていること。

「これさえあれば」
ローストビーフとボイルドビーフ。どちらも作りおきができ、ドンと食卓に出すと華やかで、ふいのお客様のときにも重宝します。焦げ目を楽しみたいのならローストビーフ。よりいっそう簡単に作りたいなら、ただただゆでるだけのボイルドビーフ。どちらも勝ると劣らないおいしさです。
お正月なのだから、ちょっと上等な牛肉を選んで好きなほうを作ってみてください。ゆで上がりは、表面を押してみて、フニョッと指が入るようならもう一息。適度な弾力を感じるまでゆでます。心配なら端を少し切ってみてください。血がジョロッと出るようなら、もう一度ゆでます。そのときは、かならず沸騰した湯に入れます。

『カツ代のローストビーフ』のレシピ

材料[作りやすい分量]
牛赤身ステーキ用肉(3~4cm厚さ1枚)……400~500g
しょうゆ……大さじ4
細ねぎ……適量

作り方
(1)フライパンを煙が出るまでカンカンに熱し、牛肉を入れて前面によい焼き色をつけ、取り出してしょうゆにチャポンとつける。
(2)ときどき肉を返しながら、さめるまでつけ込む。
(3)すっかりさめたら5mm厚さに切って皿に盛り、ねぎを添える。好みでわさびをつけても。
★しょうゆにすりおろしたにんにくか、しょうがを加えてつけ込んでもよい。

『だて巻き卵』のレシピ

材料[作りやすい分量]
卵……6個
はんぺん……1枚
A(みりん〈または砂糖〉大さじ1 塩小さじ1/2 薄口しょうゆ小さじ2)
ごま油……適量

作り方
(1)卵は泡立てないように溶き、Aで調味する。
(2)
はんぺんはすり鉢に入れてなめらかになるまですりつぶし、1を少しずつ加えながら、なめらかにのばす(ミキサーにかけるとよい)。
(3)フライパンか卵焼き器にごま油を熱し、(2)をザーッと入れ、すぐ火を弱める。弱火のまま、表面が少しかたまってきたら、フライ返しを使ってひっくり返す(フライパンに皿をかぶせてフライパンを返し、いったん卵を皿に出し、その卵をフライパンに戻し、両面を焼く。)
(4)中までしっかり火が通ったら、巻き簀かふきんに取り出し、最初に焼き目がついたほうが外側になるようにしてクルクルッと巻いていき、しばらく巻いたまま固定してさます。
(5)しっかりさめたら、好みの厚さに切る。
★巻き簀は、すし用に巻くすだれのこと。

『二色なます』のレシピ

材料[作りやすい分量]
にんじん……1/2本
大根……1/2本
塩……適量
A(米酢大さじ3 砂糖大さじ1 塩小さじ1)
ゆずの皮(せん切り)……少々

作り方
(1)にんじんは斜め薄切りにしてからせん切りにし、大根は薄く輪切りにしてからせん切りにする。
(2)にんじんと大根をそれぞれボールに入れ、おのおの塩をパラパラとふり、しんなりしたら、水をたっぷり加えてさっと洗い、キュッと水けを絞る。
(3)ボールにAを入れて混ぜ合わせ、(2)とゆずの皮を入れてあえる。

『かずの子』のレシピ

材料[作りやすい分量]
かずの子……4~6本
A(水3カップ 塩小さじ1)
酒……大さじ1
しょうゆ……小さじ2~
削り節……適量

作り方
(1)かずの子はAの塩水に1晩つけて塩出しする。
(2)(1)の薄皮をきれいにむき、食べやすい大きさに切り、酒をふりかけ、数時間おく。
(3)食べる直前にしょうゆ、削り節であえる。


次回は2/24(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』『マリはすてきじゃない魔女』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

SHARE

ARCHIVESこのカテゴリの他の記事

TOPICSあなたにオススメの記事

記事検索

SPECIAL TOPICS


RECIPE RANKING 人気のレシピ

PRESENT プレゼント

応募期間 
2024/4/23~2024/5/6

ニューラウンド万能鍋プレゼント

  • #食

Check!