韓国食い倒れ旅。脳裏をかすめる、ガスメーターキムチとおばちゃんの思い出/清水みさと

韓国のソルロンタン屋のキムチで思い出す、コルギのおばちゃん
食いしんぼう仲間と韓国に来ている。
今回の旅のテーマは、ただひとつ。食べること。
去年は台湾で食い倒れた。
朝・昼・晩なんていう常識は軽く飛び越えて、わたしたちは朝朝・昼昼・夜夜夜と、時間と胃袋をめいっぱい使って食べ続けた。
あの時の食事量をわたしはいまだに超えていない。
今回の舞台はソウル。
観光客向けの定番グルメも悪くないけど、ローカルの人が通う渋いお店に惹かれてしまう。土地の空気がしみ込んだ店構え、少しぶっきらぼうな接客、古いカレンダーがかかった壁。そういうものを見ると、なんだかホッと安心する。
渡韓前、韓国飯の有識者たちにおすすめのお店を教えてもらいながら、最初に訪れたのはソルロンタンの専門店。店内は広くて、にぎわっていたけれど、観光客らしき人はひとりもいなかった。

テーブルには、まだ切られていないキムチが大きなままドンと置かれていて、ハサミで自分の分を切っていく。わたしは、小皿に一枚の白菜をのせて、慣れない手つきでちょきちょき切った。

注文してから、ほんの3秒くらいでソルロンタンが運ばれてきた。わたしの人生史上最速提供。
スープをひと口すすると、3秒ででてきたとは思えないほど、うまみがギュッと濃縮されて、梅干しを食べたときのようにほっぺが、きゅーっとなった。
お次は、切りたてほやほやのキムチ。
これこれ、この酸味。酸味と辛味のバランスが絶妙で、しっかり発酵されているのにどこかやさしい。

酸味が消えないキムチを食べていると、ある記憶がふわっと、脳裏をかすめた。
わたしは昔、韓国式のコルギにハマったことがある。都内にある、こぢんまりとしたマンションの一室で、韓国人のおばちゃんが一人でやっているコルギにわたしは通っていた。力強くてちょっと雑な施術が、わたしにはぴったりだった。
「今日もかわいくしてください!」とお願いすると、いつも「まかせなさい!」と顔をぎゅうぎゅう押してくれた。
ある日、おばちゃんがキムチをくれた。
「おいしいかわからないけど、みさとちゃんのために作っちゃった」と言って、まだ切られていない白菜キムチが保存袋にパンパンに詰まっていた。


このマンションの5階がサロンで、おばちゃんの家は4階にあった。
施術が終わると、「ちょっと待ってて!」と言って、自宅までキムチを取りに行く。
キムチが部屋にあると、いくら密閉しても一気ににおいが充満するらしく、サロンには置いておけないらしい。
ある日、サロンに入ると、床に青くて平たいバケツが置かれていた。
「もっとたくさん作りたくて、Amazonで頼んだんだけど、間違えてサロンに届いちゃった」とおばちゃんが笑った。
その頃から、おばちゃんはわたしの予約がなくてもキムチを漬けるようになった。
キムチが完成すると連絡が来る。
行く日を伝えると、玄関の横にあるガスメーターの中にキムチを入れておいてくれるのだ。

ほかのお客さんの施術中にもわたしがキムチを受け取れるようにする、おばちゃんのイカしたアイデアだった。
そうしてわたしは施術も受けずに、まるで密売人のようにガスメーターを開けてキムチを受け取りに行った。

「あなたがおいしいって言ってくれると本当にうれしい!」と言うおばちゃんに、「わたしのほうがうれしい!」と応戦した。
その後なんの前触れもなく、おばちゃんは韓国に帰ることになった。
わたしたちはそれっきり会っていない。
旅のあいだ、何度も酸っぱいキムチを食べて、あの小さなマンションの一室で生まれた味とおばちゃんが恋しくなった。
おばちゃん、元気にしているかな。
酸っぱいキムチを食べるたび、ガスメーターの形をしたキムチの匂いがよみがえる。
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PROFILE
清水みさと(しみず・みさと)
1992年、奈良県生まれ。タレント、女優。サウナ好きとして知られ、サウナ・スパプロフェッショナル、サウナ・スパ健康アドバイザーの資格を持つ。日本最大のサウナ検索サイト「サウナイキタイ」のモデル、フィンランドサウナアンバサダー、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(JFN21局/Spotify)のパーソナリティとしても活躍中。
Instagram @misatoshimizu35
初の著書『ご自愛サウナライフ』(KADOKAWA)が好評発売中!

文・写真/清水みさと バナー・プロフィール画像/大辻隆広