
【柚木麻子連載】ついに来たタイミング。妙齢女子こそ、小林カツ代の「お粥パーティー」をせよ。

第5回「ついに来たタイミング。妙齢女子こそ、小林カツ代の〈お粥パーティー〉をせよ。」
第4回「グラビアのケンタロウに誘われて。小林カツ代の「ぶん回しおにぎり」を作ってみた」
遊びに来る予定の一回り以上若い友達が、胃の具合が悪いという。お粥や煮物しか食べられない、と聞いて、これは、と思った。これはついに小林カツ代のあのメニューを再現するべきタイミングがきた、と! 「お粥パーティーしない?」とLINEする。
お粥とパーティーはほぼ相反するキーワードだろう。しかし、2001年に出版された小林カツ代さんの『美人粥』(文化出版局)によれば、どちらかといえば自分をいたわるイメージが強いお粥で、みんなが盛り上がることは可能なのである。カツ代さんの提案するパーティーはこう。
ふっくらたいた白粥に、時間をかけてとった極上の澄んだスープも用意。味、歯ごたえ、色彩の違う、たくさんのトッピングとともに各自が好きに楽しむ。内容は錦糸卵、しょうがのせん切り、三つ葉、スープのだしにつかった鶏肉のごまあえ、なすの即席からし漬け、パリッと炙った油揚げ、ちりめんじゃこ、干し桜えび、自家製のねぎじょうゆ、など。
「いっぱい食べても食べすぎない」「やさしい会話の時間がゆっくり過ぎていくことでしょう」と、いいことずくめな印象。
猛暑のせいで冷たいものばかりとりすぎ、私もなんとなく疲れているので、この辺で胃を休めるのはよさそうな気がする。友達が来るのが、いっそう楽しみになってきた。ちなみに第一回「おにぎりパーティー」以降、おもてなしハードルが下がり、コロナで途絶えた友達をうちでもてなす習慣は復活した。
『美人粥』(2001年・文化出版局)より
この「美人粥」はこのエッセイのイラストを描いてくれた澁谷玲子さんが、連載開始前に「参考になるのでは」とプレゼントしてくれたものだ。もらってすぐ、カツ代さんの推奨する、米の五倍の水でフツフツ弱火で炊いた白粥に、鶏胸肉、昆布、椎茸、かつおぶしでとった澄んだスープをかけて食べてみた。胸が温まり、メンタルばかりか、体まで潤った気がする。少ないお米でお腹がいっぱいになるのもいい。
お粥というとなんとなく風邪をひかないと作ってはいけないような妙なしがらみがあったが、カツ代さんのエスニック風だったり、精進料理風だったりするカラフルなお粥レシピを眺めていると、なんでもありだし、好きな時に作っていいんだ! と目を見開かされる思い。「元気な人ほどお粥をどうぞ」というメッセージに、にこにこしてしまう。
さぞ、カツ代さんはお粥好きなんだなあと思うかもしれないが「美人粥」の序章にはいきなりこう書いてある。
「正直いいまして、私、特別お粥好きというのではありませんでした」。エッ……!?
そういえば、こういうことがカツ代さん本を読んでいるとよくある。お菓子レシピを眺めていると「私はモコモコした甘いクッキーは嫌い」と前置きした上で、カリッと香ばしいクッキーの作り方が紹介されていたりする。カツ代さんが、納得のいかないことには怒るタイプだったのは前に書いたが、食感の好き嫌いもまた、はっきりしていた。それを表明することを厭わなかった。
確かに一般的に淡い印象のお粥は、カツ代さんが好きな「シュッとした」味ではないな、と私もだんだんと彼女の好みが理解できるようになっている。しかし、カツ代さんは韓国旅行中に、とろとろに煮込んだお粥と、ご飯を牛肉のスープでさっと煮た、二種類のお粥に魅了される。(彼女の書いたものを読んでいると、海外旅行中に、食の発見をすることがとても多い)いいとこどりをしてみようと思いつき、スープをかけながら食べるお粥をひらめいたそう。
のめり込むと一瞬で極めてしまうカツ代さんは、2000年初期、吉祥寺でお粥専門店をオープンした。澄んだスープをたっぷりかけて、いろんなトッピングで楽しめる、今でいう「味変」し放題なお粥は、大変好評だったそうだ。スープストックトーキョーが1999年にオープンしたのだから、ほぼ同時期に、今の時代のニーズを先取りしていたことになる。思い起こせば、当時はカフェ飯大ブーム。とてもお米に合うとは思えない具材を無理にカフェボウルにのっけて、放射状にでマヨネーズをかけるのがクールとされていた時代、やさしい味で消化がよく、しかも途中でいろいろ足せるお粥メニューは、画期的だし、とても早い感覚だったろうと思う。80年代、家庭でエスニック料理を作ることを提唱し、当時はナンプラーが一般的ではなかったから、アンチョビで代用するなど、カツ代さんの感覚は、常にとびきり早い。
さて、若い友達がうちにやってきて、お粥パーティーが始まった。作ってみるとそんなに大変ではないメニューなのだが、ずらりと並んだトッピングは、味変世代には、面白がられた。私はスープを何度もかけ、なすのからし漬けを好んだが、彼女は三つ葉がとても気に入ったようだ。具合が悪いといっていたのに、お代わりを何度もしてくれて、嬉しかった。
確かにカツ代さんがいうように、お粥を食べると穏やかな気持ちになる。会話も弾んだように思う。夏の終わりの焦りが、ことことたけるお粥の音で、優しく消えていったような気持ちになった。
今回の小林カツ代さんレシピ
※「美人粥」(2001年・文化出版局)より一部引用
『スープ粥で、パーティ』
時間をかけてていねいにとったスープは、おもてなしにもふさわしいごちそうです。気がおけない友人たちと、各自が好き好きによそうスープ粥パーティ。やさしい会話の時間がゆっくり過ぎていくことでしょう。
添える小皿は、味、歯ごたえ、色彩のバラエティを考えて準備すると、ことさらに改まったよそゆきのものでなくても、胸躍るテーブルになります。小さなおかずは、スープをとった鶏肉を使ったごまあえ、ピリッと辛いなすの即席からし漬け、切り干し大根五彩漬け。薬味は、せん切りのしょうが、刻んだ三つ葉。トッピングは色がきれいな錦糸卵、ほのかな塩味のちりめんじゃこ。油揚げはトースターでパリパリにあぶって、桜えびは弱火でカリッとするまでいって歯ごたえを出しています。集まった人々は、各自銘々に茶碗に白粥をよそい、楽しくトッピングを選び、スープをたっぷりかけます。そして、仕上げにねぎじょうゆ。いっぱい食べても食べすぎないのがお粥パーティ。みんなが美人になれるパーティなんて最高でしょ!
お米を水から炊き上げる白粥。これが、お粥の基本です。白粥も、米と水の割合によって、五分粥、七分粥とさまざまなやわらかさがありますが、私の白粥の基本の分量は〈米の五倍の水〉。いろいろ試してみて、この割合がいちばん作りやすくて、覚えやすく、炊き上げる時間も程よいのです。
『白粥の、基本の炊き方』
材料[4人分]
米……1カップ
水……5カップ(米の5倍量)
塩……小さじ1弱
湯……1カップ
作り方
(1)200mlのカップで、米1カップに水5カップです。※無洗米ならこのまま水に入れます。普通の米なら普通にとぎます。
(2) 鍋にまず、水を入れます。そこに、米を加えます。※米と水の順番を間違えないように。
(3)ふたをして、中火にかけます。※ふたは初めから炊上りまでずっと、ずらしておきます。
(4) フツフツしてきたら(音はかすかに聞こえてきます)、弱火に落とします。※弱火といっても、しーんとしてしまうほどでは弱すぎます。煮立っては困るけれど、常にフツフツとしていなくてはいけません。フツフツしている、とは表面が沸いている状態。お粥では、大切なポイントです。25~30分たったら、炊き上がります。
(5)湯を加えて、やわらかさ加減をお好みに調えます。※必ず、熱い湯で。水ではいけません。味が落ちます。
(6)炊き上がってから塩を加えます。
(7)さっと水でぬらした箸で切るようにして混ぜ、きっちりふたをして火を止めます。5分蒸らします。※水でぬらした箸だと、おかゆのとろとろがつきにくくなります。
家庭でスープ粥を楽しむためのスープです。お店で使う、干し貝柱や干しえびの代りにかつお節が入ります。素材はしっかり煮出し、しっかり絞って、うまみを取り出します。あとで和洋中さまざまに使えるように、ねぎやローリエなど香りのあるものはあえて入れません。こしょう少々は隠し味と全体のとりまとめ役。スープはお代りしたいので、多めに作ります。
『家庭でできる、基本のスープのとり方』
材料
水……6カップ
鶏胸肉(皮なし)……1枚(200g)
昆布……15㎝
干ししいたけ……3枚
かつお節……軽くひとつかみ
塩……小さじ1
こしょう……少々
作り方
(1)鍋に水、昆布、さっと洗った干ししいたけをそのまま入れます。もし時間の余裕があれば30分ほどおいて。でもすぐに火にかけてもかまいません。
(2)火にかけたら、最初は強火。煮立ってきたら中火にします。あくはていねいに取ります。
(3)フツフツしたところに、鶏肉を加えます。
(4) 再びフツフツしてきたら弱火にします。
(5) ふたをずらして20分ほどことこと煮ます。途中、あくをていねいに取ります。ふたは終始必ずずらしておくこと。ふたをきっちりすると濁るので。
(6) 鶏肉、昆布、干ししいたけを取り出し、かつお節を加えて1~2分弱火で煮出し、こし網でこします。最後にお玉の背でかつお節をギュッと絞ります。
(7)(6)に塩、こしょうを加えて味を調えます。こしょうは、辛みを感じさせない程度に。
(8) 約5カップ分の極上コンソメのでき上り。
『なすの即席からし漬け』
材料
なす……4個
塩……大さじ1
水……3カップ
A
しょうゆ……大さじ1
みりん……小さじ1
溶きがらし……大さじ1
作り方
(1)なすは1㎝の輪切りにし、30分ほど塩水につけておきます。浮いてこないように重しをしておくといいでしょう。
(2)Aの調味料を合わせます。
(3)1のなすに、程よい塩気がついたら水気を軽く絞り、2をからめます。
ねぎじょうゆは、お粥の重要な脇役。いつなんどきでも、みんな好きです。ただし、強い味なので、食べ始めて早くからお粥にかけると、お粥全体がその味に染まってしまいますから気をつけて。
『ねぎじょうゆ』の材料と作り方
しょうゆ1/2カップ、豆板醬小さじ2、ごま油小さじ1/2を混ぜ合わせたところに、長ねぎのみじん切り山盛り大さじ2を加えて混ぜます。これは作りやすい分量。作ってすぐでもおいしいし、冷蔵庫で保存できて日持ちもし、何日かたてばこなれた味がおいしい。ピータン粥、豆腐のスープ粥などにかけ、長ねぎのピリッとした辛さを楽しみます。
『鶏肉のごまあえ』
材料
鶏ささ身肉……100g
白練りごま……大さじ2
うす口しょうゆ……小さじ1/2
作り方
(1)鶏肉は中までしっかりゆでます。粗熱が取れたら食べやすくさきます。
(2)白練りごまにうす口しょうゆを加えて混ぜ、鶏肉をあえます。
MEMO 鶏肉はスープのだしをとったものを利用しても可。
次回は10/28(土)更新! お楽しみに。 柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。
文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ 取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子、文化出版局