
2020.02.01
ダイエッターはおしゃれに疎い。敏感になったところで、サイズ的に着られないので、情報に対して自ら背を向けていると言ったほうが正しい。
かわりに、当然ながらダイエットネタには敏感で誰よりも早く飛びつく。
タレントやモデルがこぞってヨガを習い出し、中にはインストラクターに転身する人も出始めた頃のこと。ヨガのヨの字をみた時点で、私はもう近所の教室を検索していた。
それまで、習い事は続いた試しがない。
ホットヨガ、老舗のヨガ教室(70代の先生が肌も姿勢も女優のように美しい)、バレエ、ジムの水泳教室、コアトレなど、どれもオンリー3日坊主だ。
まず、通うのが面倒。
教室のみんなにペースを合わせるのがさらに面倒。
わからないときに、聞きにくい。
忙しくて通えない。
遠方だと、着替えて習って、メイクし直して着替えて電車で帰るのが面倒。
そんなこんなで、すべての習い事がウエアを揃えた時点でもう半分飽きている。
スリムな人に、面倒くさがりはいないので、そもそも私はこの怠け者風味を直したほうが近道だろうとは思う。
でも、ヨガを続けたら美しい姿勢とボディラインになれそうだ。金ならある(ダイエットのためだと、どこまでも見境がなくなる)。
これまでの3日坊主の敗因を分析し、「マンツーマン、早朝、すっぴんで行ける近所」でネット検索したら、徒歩10分のところにまんまと見つかった。
建物を見ると、セキュリティが厳しく外観がおしゃれな中庭付きセレブマンションではないか。かねがね、どうにかして中を見てみたいものだと思っていた。 その昔、ジャニーズのグループ(近年解散)の一人が住んでいたと噂のあそこだ。
よし、ここにしよう!朝6時から50分間のマンツーマン。これなら、仕事にも差し支えがない。あわよくば、ほかの芸能人も見られるかもしれない。
私はどうでもいいことで萌えた。
ただ、気になることがひとつあった。先生はインド人で、なんちゃらいうヨガの流派の師範級。本国でも雲の上のような存在とHPに書いてある。……ちょっと、本気すぎやしないか。
HPの写真は、鶴太郎さんをさらにガリガリにした体型で、目はぎらりと強い光を放ち、仙人のような只者ではないオーラをまとっている。
現在、期間限定で、日本に滞在。ふだんは政財界の奥様たちやヨガ講師に教える仕事がメインらしい。
自宅のようだし相手は男性だ。早朝とはいえマンツーマンが怖くなり、風船のように膨らんだ腹を持つ夫を無理やり誘った。
夫は普段から、ジムは絶対に行かない。
「自分の体を動かすのに、なんで人に金払わなあかんねん」が口癖だ。
「ジムじゃないの。レッスンだけど、なんだったらマッサージに近いかも。朝、ヨガやったら気持ちよさそうだよ?」と、あの手この手でなんとか説得。整体マッサージは大好きな男なので、適当な嘘をついた。
はたして、2対1で体験講座を受けることに。
朝6時。「イラシャイマセ」と、50代くらいの半裸の男性が出迎えてくれた。そうか。ヨガ講師は、朝から上半身裸なのか。
メゾネットのおしゃれ部屋の大きな窓から、朝の太陽が燦々と。
先生の目の玉も、太陽以上にギラギラと輝いていて、射抜かれそうだ。
「キョウハ ハジメテネ。ダカラ コキュウホウ ヤリマス」
部屋に座って向き合う。
「サキニ ヤリマス。ハナカラ オモイキリ イキヲ スッテ、ハナカラ ハキマス。イヲ ペチャンコ ニスルツモリデネ」
フンガァ〜〜〜〜〜ッ。
いきなり見たこともない光景が繰り広げられた。五臓六腑はどこ行った? と聞きたくなるほど肋骨の下からへそまでぺちゃんこになり、胸が鳩のように膨らむ。部屋の空気が全部持ってかれるかと思った。
死ぬんじゃないかと思うほど長い時間、息を吸い続ける。
「せ、先生。もうお願いですから息を吐いてください」と言おうとしたら、今度は、フゥーーーーーーッ。すごい強さだ。部屋の空気圧が変わるかと思うほど、恐ろしく長い時間息を吐き続ける。
人体とは思えぬ薄くなったり延びて膨らんだりする先生のお腹が正直、気持ち悪くて、放心状態に陥った。 「サア ワタシニ ツイテキテ」
いや、無理無理無理。ただでさえ、おデブは呼吸が浅いのに。そんな呼吸したら、血圧下がって倒れるわ(←医学的根拠なし)。
ふと隣を見ると、夫が2センチ位眉間にシワを寄せて、異物を見る目で先生のへそを凝視している。だめだ。完全に引いている。
とりあえずふたりで真似してみたが、先生が「モットスッテ モットモット イチョウガ ペーパーニナッタツモリデ スッテエ―――」と、吐かせてくれないので卒倒しそうだった。なんだかわからないけれど、お金を払うんじゃなくて、こんなにつらいので払ってもらいたいと思ってしまった。
50分間、ずっと超人鳩呼吸の練習で、朝っぱらから夫婦でぐったり。17分目くらいから帰りたくてしょうがなかったので、家路は、戦場から戻る帰還兵状態に。もう戦地には二度と戻りたくない。
夫が言う。
「俺、あんな呼吸ようせん。死ぬで。それにあのおっさんの裸のぺちゃんこの胃が怖いねん。あれは人間の体とちゃう」
「それは師範だから……」
「そもそもインドって、本気すぎるって。日本人が朝6時からあんな呼吸したらあかんねんて」
それから夫は二度とヨガをやろうとしない。達人すぎる人は、こちらの根性がなさすぎて心が折れるので頼ってはいけない。素人が本場の人に手を出したら失礼です。
続かないのにヨガやスポーツウエアを買うのは大好きです。
おおだいら・かずえ
文筆家。長野県生まれ。’94、編集プロダクションを経てライターとして独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)など。『そこに定食屋があるかぎり(ケイクス)』など連載多数。大学生長女と映画製作業の夫と3人暮らし。現在どうやら人生初のダイエット道アガリの噂あり。今後の展開にご注目を!
www.kurashi-no-gara.com
instagram : @oodaira1027
twitter : @kazueoodaira
イラスト/いいあい
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