松重豊さん演じる井之頭五郎の〈自由に空腹を満たす姿〉が愛され、大ヒットとなったドラマ「
孤独のグルメ」(テレビ東京)。
放送開始から12年、シリーズ11作目となったいまもなお、視聴者を魅了しつづける
「孤独のグルメ」はどうやってできるのか? 出演者やスタッフインタビュー、撮影ルポなど、全3回の記事でその魅力をお伝えする当企画。
【1回目】第4話主役ユースケ・サンタマリアさんインタビューはこちら
>>前編【独占取材】ユースケ・サンタマリア「それぞれの孤独のグルメ」松重豊から受けたアドバイスとは?を読む
>>後編【独占インタビュー】ユースケ・サンタマリアが演じるのは初の相撲の行司役⁉「それぞれの孤独のグルメ」2回目は、ドラマ誕生から映像を担当してきたVE(ビデオエンジニア)の赤松比呂志さん、脚本家の田口佳宏さん、現プロデューサーの小松幸敏さんに、メイキング秘話を語っていただきました。
店の存在感と井之頭五郎の食し方。
二つが互角に渡り合うおもしろさ
ーーー「孤独のグルメ」全編を通して、大切にしてきたことはなんでしょうか?
赤松:松重さんが五郎を演じるにあたって、いわゆる〈食べる演技〉をするのではなくて、
〈松重豊の食べ方〉を出していただくということですね。食べ方って一人一人違うと思うんですが、〈個人の食べ方〉を僕らが〈ほりだす〉という意識で撮る。そこは最初から最新作まで変わらず、大事にしてきたところです。
割り箸を割るところから、松重豊の色を出していただく。視聴者のかたにも、そんなところに共感できる自然さを感じていただけたんじゃないかなと思います。
小松:松重さんご自身の食べ方に合わせて撮っていくから、きれいだし、おいしそうに見える、ということですよね。
赤松:そうですね。おいしそうに食べている流れは、
絶対にはずさないカット割りにしています。
赤松:おいしそうって、ただ口もとをアップにすれば伝わるわけじゃない。目、鼻、口、顔全体がひとつになって、うまいなぁ、っていう表情が出てくる。
俳優さんは、とくに目。おいしいと思って食べているときの目の力、それをちゃんと撮りたいなと思ってやってきました。
田口:赤松さんが撮った松重さんの食べ方は、本当においしそうです。さらに、「孤独のグルメ」というドラマがこれだけ長く続いているのは、井之頭五郎という魅力的なキャラクター、松重豊さんの演技、食べっぷりはもちろんですが、
毎回違った魅力的なお店が登場するということも非常に大きな理由だと思います。
小松:撮影に入る前の、
お店選びには本当にこだわりがありますよね。食事をするエリアが決まったら、田口さんも参加して、スタッフみんなでしらみつぶしに店を探す。
田口:そうそう。「孤独のグルメ」でいちばんこだわって、労力をかけているのがお店選び。
お店がもう一人の主人公であるという思いはずっと大切にしています。
小松:ネットでの評価より、自分たちの勘が頼り。足で歩いて、よさそうと思ったらとにかく入って食べてみる。ある意味、
スタッフ全員が五郎的な勘を試される(笑)。
田口:お店選びにおける判断基準は〈
孤独らしいお店〉であるかどうかということ。これは、
原作漫画の世界観に合うお店であるかという見方で、この感覚をスタッフ一同で共有して、出演していただくお店を探してるんです。
小松:だれが見つけた店になるかは、そのときしだいで。若手スタッフは
一日で3軒ハシゴする場合もあって「3軒目は修業ですよ」とか苦笑いしつつ、みんな熱心。スタッフみんな、視聴者が食べに行って「
この店、うまい!」って喜んでくれる店を見つけたいんですよね。集計したことはないけど、田口さんが推す店に決まる確率が高いんじゃないかな?
田口:そうですか?(笑)
小松:「ここ、いいね」とスタッフが合意した店には、お忍びで何度か通い、接客や調理の様子を観察。仮の脚本でまずお店のかたを口説くんです。料理名の下にある1~2行の文章を〈
標語〉と呼んでいるんですが、これは通い詰めたスタッフたちの感想を結実させたものなんですよ。
田口:僕のほうでは、お店から出演オッケーをいただけたら本格的な脚本作りに入ります。その際に大切にしているのは、
お店を登場人物だと考え、そのキャラクターをしっかり描くということ。お店で働いているかた、常連のお客さん、メニューのラインナップ、メニューの書き方や表記のしかた、料理の盛りつけ方、そのお店ならではのルールなど、店によってまったく異なります。それぞれのお店ごとに違った魅力があるので、その特徴をつかみ、うそや誇張はせず、
お店のありのままを脚本に反映させるよう心がけています。
ーーー個性豊かな「孤独のグルメ」の各店ですが、撮影交渉でのご苦労は?
小松:ドラマが放送されるとどうしても混むことになるので、そこを了承していただいたうえでご協力してもらわないとならないというのはありますね。シーズン1のころはどんな作品なのかから説明する必要があって、もっと大変だったと思います。ドラマの知名度が上がるにつれ、了承していただけるお店が増えたと実感しています。一から説明しなくても「見てるよ」と。一度断られても、息子さんや娘さんが見ていてくださり、その口添えで逆転OKがいただけることもあったり。
田口:逆転劇といえば、シーズン10の第11話、千葉県旭市のレストランバイキングの回。高齢のマスターが一人で切り盛りしているお店で、監督が出演交渉に行くと「取材はいっさいお断りすることに決めています」と。「
でも、一つだけは、もし来てくれたら受けようと思っています」と言われて。監督が「孤独のグルメなんですけど」と伝えたら、なんと
「受けます」と快諾してくれたという……。
小松:これ、本当にすごいことですよね。
田口:お米屋さんを営んでいる常連客さんも、ドラマの大ファンだということで喜んでくれて。撮影の見学に来られた際には、スタッフ全員にお米をプレゼントしてくれるという、非常にありがたいことまでありました。
赤松:この回もコロナ禍での撮影でしたけど、飲食店が大変なあの時期に撮影を受けてくださったお店には本当に感謝の気持ちでいっぱいですね。
小松:お店があってこその作品だと強く思います。
実在の店に、実在の料理。
そして実食からの感想が生むリアリティ
ーーー作中で出てくる料理は、フードコーディネーターさんが作るのでしょうか?
小松: フードコーディネーターを入れず、
料理はすべてお店のかたに作っていただいています。そういえば、これも
こだわりの一つですね。撮影中は、いわゆる〈消えもの〉担当が厨房に張りつき、撮影の進行ぐあいを見ながら「そろそろこれを仕込んでください」「今はちょっと待っていてください」など、調理や料理を出すタイミングをお店のかたにお願いしています。スタッフは調理に手を出さず、
あくまで「仲介役」なんです。料理は湯気などの要素も大切なので、あつあつの状態で出せるように、本番とのバランスをとってくれています。
田口:食事シーンの撮影現場に僕がいる理由も、店の料理だからこそ。実際のお店の料理を食べるから、そのときの松重さんの感想を脚本に生かす意味がある。
料理のモノローグを撮影現場で書き換えるのも「孤独のグルメ」ならではの作業ですね。
ーーーユースケさんが、料理を一発勝負で撮影するという点に驚いていました。
小松:そうなんですよね。基本的には差し替えたり食材を追加したりせず、そのままの流れで撮っています。
赤松:松重さんの食べ方には勢いがあるんですよね。だから流れで撮るときれいで、おいしそうに見える。それと食事中って、テーブルにちょっと食べ物を落としたりとか、顔に米粒がついちゃうとか、ありますよね。そういうとき、僕はカットをかけない。そのままオッケーにして、次のカットで米粒を口に入れちゃうところも撮る。お行儀はよくないけど、こういうのって、
だれもが日常の中でやっていることですよね。僕らは、視聴者のかたが「あ、自分と同じだ!」って思うことを、すかさず取り上げることも大事にしています。
小松:確かに。五郎に親近感を持っていただけるのは、そういうディテールも大きいですよね。店探しや街歩きのシーンも松重さんに自由に演じていただいてますが、なにかハプニングはありましたか?
赤松:長年やっていても「こういうハプニングがあったなぁ」みたいなことって、正直、思い浮かばない。むしろ振り返って思うのは、なにか大きな出来事ではなくて、松重さんに自由に演技していただくなかで、ほかのドラマにはない〈
井之頭五郎的な動き〉のおもしろさを発見したり、確立していった楽しさですね。
田口:といいますと?
赤松:街歩きや店探しのシーンで、路地から大通りを撮ることがありますよね。こちらがちょっとチャレンジングな位置にカメラをフィックスしておくと、松重さんはそれに対して
オーバーアクション的なことを試みるかたなんです。いったんカメラの前を通り過ぎて、また戻って来たり。こういう〈イン→アウト→イン〉という動きって、
ドラマだと普通はやらないんです。これを「おもしろいな」と思って拾い上げることで、「孤独のグルメ」らしい、独特のものがいくつか形作られていったと思います。
ドラマなのに生放送も実現⁉
運とファンに愛されてきた幸せな12年
ーーーシリーズでとくに思い出に残っていることはありますか?
小松: 僕は、生放送パート(※)があった大晦日スペシャルが強く印象に残っています。「ドラマを生放送でやれるの⁉」と、びっくりしました。
もともとドラマ専属じゃない技術チームだったからこそ、可能になったと思っているんですが。
(※)編集部注:2017年、2018年、2020年の「孤独のグルメ 大晦日スペシャル」は一部生放送で放送されました。
赤松:たしかに、ドラマオンリーでやっている人だけだとむずかしかったかもしれないですね。生放送でドラマを撮るってなくはないんですけど、非常にまれで。「年末特番をどうするか」となったとき、
松重さんからプラス思考で「生放送はどう?」とご提案いただき、実現したんです。
田口:2020年の生放送シーンは、五郎が「大晦日のシークレット打ち上げ花火を仕切る」という設定でしたよね。
赤松:花火師さんたちとうまく連携がとれるのか、本当に上がってくれるのか。あの回は、本当にいっぱいドキドキしながらやったけど、ちゃんと花火もきれいに撮れて。生放送のドラマって、本当に何があるかわからない。だけど、
なんでかうまくいくという……。
小松:これはいったいなんでしょうかね?(笑)
赤松:僕らにもわからないですね(笑)。
ーーーこれまでを振り返って感じる、作品への思いを教えてください。
赤松: 最初は、松重さんが言うように「
おやじが一人でごはんを食べてなにがおもしろいのか」と思っていたんです(笑)。それが、続ければ続けるほど、同じことのリピートが大切なのかな、と思えてきて。カット一つにしてもそう。演技や料理によって当然違ってはくるけれど、「
見ている人の見やすさ」を基本に考えて、アングルやサイズ感を同じように撮っていくのがいいのかな、と。そういうこだわりを持って、大切な作品として取り組んでいます。
小松:僕の場合は、先ほどお話ししたように、五郎のドラマであると同時に、半分は日々がんばっているお店そのものが主役、という思いがベースにあるんですよね。店をそのまま使って撮影し、
店のかたに「よかったな」と思っていただける作品に仕上げる。そこを大事にしているのが「孤独のグルメ」なんだと思います。一度撮影でお世話になったお店はその後も気になるし、時間ができたときには足を運んだりしています。
田口:「孤独のグルメ」チームはみんな、撮影したら終わり、じゃないんですよね。撮影後にお店を訪ねたエピソードでいえば、2014年、シーズン4を撮影していたころ、シーズン1の第1話の舞台となった「庄助」という焼きとり屋さんにスタッフとごはんを食べに行ったときのことが忘れられない。そのとき、孤独のグルメファンだという女性と遭遇しました。当時は今ほど配信が普及していなかったので、その女性は「海外に単身赴任しているお父さんも孤独の大ファンなので、録画したDVDを送っているんです」と話してくれて。そこまでしてくれているんだ、
家族のコミュニケーションの一つになっているんだと、すごくうれしかったのを覚えています。
赤松:つくづく、「作品が愛されている」ということを感じますね。
田口:そんな作品に携われていることは本当に幸せなことだと思いますし、ファンのかたの期待にこたえるものを作りつづけなければならないと思っています。
小松:ファンのかたといえば、ありがたいことにこれまで放送後に迷惑なお客さんが来たり、トラブルになったというお話は聞いていません。大勢で来てはしゃいだり、騒いだりする人もいらっしゃらないようで。
孤独のグルメファンにはいいかたが多いんだなぁ、と感謝し、安心もしています。そんなファンのかたに支えられて、こうして長年続けてこられたんだと思います。
ーーー「それぞれの孤独のグルメ」は、さまざまな職業が描かれたのも新鮮でした。
小松:最初の打ち合わせで、
腹ペコになりそうな職業の人、決まった時間にごはんに行けなさそうな仕事の人をスタッフで出し合ったんですよね。そういう人って、
食事に向かうエネルギーが強そうだよね、って。
田口:脚本を書くにあたり、さまざまな職業や年齢の人たちが、仕事でどんなことがあっておなかが減るのかを描くため、実際にその職業のかたに取材をさせていただきました。取材でわかった興味深いエピソードをストーリーに反映しています。
赤松:現場では、事前の想定どおりにはいかないこともありましたね。仕事のバックヤードに入らせてもらって、初めて「こういうことだったのか」とわかったりして、あらためてカット割りやカメラのアングルを変えて臨むこともありました。
小松:今回は女性も登場しますし、いろんな年齢のかたにも登場していただいているのも特徴ですね。
赤松:撮影前は、女性はワンカットでどのくらい食べられるのか? というところがいちばん心配だったんです。「頭の中で考えたカット割りで大丈夫かな?」と。これがどうしたことやら、女性のほうがむしろバクバクと食べてくれる。それがまた、
本当においしそうに見えるんですね。そうするとこっちも、一つ一つ細かくカット割りしていたけど、全部通していっちゃおうか……となったり。僕らが撮影前に「自由に食べてください」と言っていた以上に、ゲスト出演のかたがたが自由に食べてくださったことが非常にうれしかったです。
田口:
井之頭五郎とは違う食べ方ですね。また、私たちがふだんから接点の多い職業の意外な裏側や、あまり知らなかった珍しい職業の実態を、「食べること」とつなげておもしろく見ていただけるのでは、とも思います。
ーーー最後に『オレンジページ』読者にメッセージをお願いします。
赤松:毎週、いろんなゲストが出演してくださる「それぞれの孤独のグルメ」。タクシー運転手、看護師、行司など、身近な存在でも、お仕事のバックヤードについてはまったく知らないもの。「この職業の人はこういうところで食事をするんだ」「夜勤明けにこんなにガッツリ食べられるの?」など、それぞれにおいしそうに食べる姿を楽しんでいただけたらと思います。
田口:新たな「孤独のグルメ」でも、行ってみたくなる魅力的なお店、食べたくなるおいしい料理が続々登場します。みなさんのお好みに合う店、料理がきっと見つかるはずです。ぜひご期待ください。
小松:おなかいっぱいになると、たいていがんばろうってなりますよね。それぞれの職業ならではの疲労があり、それぞれが明日への活力を見いだすために食べていく。特別編でもドラマを通じて、ごはんのパワーを感じてもらえたらうれしいですね。
***
長きにわたり作品にかかわってきたスタッフのかたがたからは、強い「
孤独のグルメ愛」を感じました。
「それぞれの孤独のグルメ」や歴代シリーズが、また違った見方で楽しめそうです。
次回はいよいよ、「孤独のグルメ」撮影現場の様子をお届けします。