
【柚木麻子】人生を楽しみ、ちゃんと怒る。そんなカツ代に私はなりたい。

女性なら共感必至の作品を次々と送り出してきた作家・柚木麻子さん。最近では新著『オール・ノット』でシスターフッドの新境地を切り開き、話題となっています。
そんな柚木さんが現在挑戦中なのが、41歳での〈人生改革〉。5月から始まったオレンジページnetでの新連載「柚木麻子の『拝啓、小林カツ代様』~令和のジュリー&ジュリア~」では、コロナ禍で料理をしすぎてすっかり料理嫌いになってしまった自らを変えるべく、あえて初めてのレシピに向き合うことを決意! そのレシピの考案者こそ、伝説の料理家・小林カツ代さんです。
新刊『オール・ノット』について伺った前半に続き、後半はカツ代さんへの思いと料理への挑戦についてインタビュー。果たして柚木さんに変化は訪れたのか……? 乞うご期待です!
「カツ代は怒りんぼ。みんなに好かれていていつもハッピーなイメージだけど、めっちゃ喧嘩してるのがいい」と柚木さん。その心は……!
カツ代さんの怒りは、今を生きる私たちの怒りと同じ
――無事5月に第1回、6月に第2回を終えられましたが、今のお気持ちは。
じつは私、今ものすごく腹が立っていまして。
――え……! どうされましたか?
今回カツ代さんのレシピを再現していくにあたり大量の本を買いあさって読んでいるんですけど、いろんなエピソードを知れば知るほど、いかにカツ代さんが当時のマスメディアの男性たちからなめられていたか伝わってくるんです。カツ代さんは明るくてスター性があって、自分から企画を提案できる人。そういう女性に対しての男性たちのなめぶりは、今からしたら異常とも思えるくらいですよ。
これは連載初回にも書きましたが、「料理の鉄人」出演時、〈主婦〉という肩書で紹介されることに怒ったカツ代さんとプロデューサーがけんかするんですけど、そのときのスタッフの暴言がもう……。「肩書は〈料理家〉にしてください、私はプロなので」と訴えるカツ代さんに、「あなたは主婦のことをなめている。あなたのファンは傷つきますよ」って。
――中華の鉄人・陳建一さんと戦って、見事勝利したときの有名なエピソードですね。
でも救いなのは、カツ代さん自身が、理不尽な目に遭うたびいちいちブチ切れてるんです。あんなに明るくてハッピーなイメージの人なのに、「まあまあ、いいじゃないですか」みたいなことは言わずにちゃんと怒るんですよ。
連載開始当初、「私もエンパワーメントされたい! いつもあんな風に笑顔で元気にがんばりたい!」って本を読みはじめたら、結果私もカツ代さんといっしょにブチ切れることになりましたけど(笑)、怒りをなかったことにしないカツ代さんの姿が、やっぱりすごくいいなと。
しかもその怒りは、今現代を生きる私たちが知っている怒り、いらだちなんです。
むしゃくしゃするとパンを焼いたといわれているカツ代さん。柚木さんいわく「なんらかの形で怒りを形にして食べちゃうってところが、またいい」。
――すでに柚木さんご自身、カツ代さんの生き方に大いに影響されている様子です。
そうですね。腹は立ちましたけど、本に出てくるエピソードはどれもすごくおもしろくて。漫画家をめざして手塚治虫に手紙を書いたら普通に返信が来たとか、ダンスホールで踊っていたら夫に見初められたとか、一つ一つの話がドラマっぽい。頑張って何者かになろうとするんじゃなくて、普通に生きているだけでドラマチックなことが起きるのがカツ代さんなんです。
ママ友との持ち寄りパーティでも、カツ代さんレシピだよって言うと「わー」って盛り上がる。なんだかそれだけで元気が出るんです。のびのびしていて、だれも傷つけないスペシャルな存在で。ただ、ちゃんとブチ切れたり、仕事に揺るぎない反戦への思いをこめていたり、明らかなフェミニズムメッセージがあるからこそのあの笑顔なのかなとも思います。
――カツ代さんのレシピを実際に作ってみて、気づいたことはありましたか?
思いがけず、今風に洗練された味わいの料理が多かったことですね。だしをひかずに水から作ったり、煮込み料理のハーブもローリエだけだったりして、食材が少ないぶん、カツ代さんのいう〈しゅっとした〉味になる。土井善晴先生のシンプルなレシピとか、Twitterの140字レシピみたいなミニマムな料理がはやる今の時代にも合っている、引き算の料理だと思います。
あとは1980年代にエスニックを家庭料理に取り入れたのもすごい。今でこそヤムウンセンを家で作ったりしますけど、当時はものすごく新しかったはず。
朗らかな外見から〈いいお母さん〉みたいなイメージがあるカツ代さんだけど、かなりとがったことをやっていたんだなあと感じます。
–{現代のカツ代的存在は益若つばさ?}–
柚木さんが驚いたのは、カツ代レシピの今風な味わい。「当時から政治的発言が多かったところも、ある意味現代的な料理家だったと思います」
――この連載は、また料理を好きになりたいという柚木さん思いから始まりました。今のところどうでしょう? 好きになれそうですか?
長らく簡単な料理を作ることさえおっくうだったんですが、最近はおっくうを越えられるようにはなってきました!
――すごい! 効果が出ていますね。
それこそだしをひかずに水から煮ようとか、今のところは時短料理なんですけど。今週は筑前煮とポテサラを作ってみようと思ってます。でも今度カツ代さんのアシスタントだったみなさんに料理を作ってもらうんですよ。それが楽しみで。連載第2回でブチ切れるけど、第3回でみなさんの料理がおいしくて私の機嫌がよくなるっていう流れが読めた(笑)!
――ちなみに、現代の小林カツ代的存在はいると思いますか?
カツ代さんみたいに、アップデートが早くて変化しつづける人っていつの時代にもいますよね。ちょっと分野は離れますけど、メイクアップアーティストのイガリシノブさんとか。あとは益若つばささん。最初のころと今と、全然キャラクターが違うじゃないですか。
――あー、確かに! わかる気がします。幅広い世代の女性からも支持されていますよね。
そう、今はセクシャルマイノリティの話もするし、いち早くミレーナ(注:子宮内避妊器具)を使ったことを公表したのも益若さん。堅めのプリンがはやる前から「プリンは柔らかいものより堅め」といっていたのも益若さんなんですよ。いつも新しいものを取り入れるタイミングがすごく早いし、だれかがやっているからとか、はやっているからとかではなくて、自分がピンときていることを実践している感じ。明るくて人生をエンジョイしてて、自分がエンジョイしたものを大勢の前に出したときに爆発的にはねるっていうのが、カツ代さんと共通している気がします。
そうそう、最近おもしろいことがあって。日本ユニセフ協会の現会長の赤松良子さんと個人的にお友達になって、おうちにおじゃましたんです!
話題は小林カツ代さんから、まさかのつーちゃん(益若つばささん、現在37歳)と赤松良子さん(現在93歳)へ……! 柚木さんの守備範囲の広さたるや。
――なんと……それはすごそうです。
赤松さんのお宅は、古今東西各国のありとあらゆるおもちゃがこちゃこちゃと並んでいて、「これはウルグアイで大使をしていたときの〜」とか、一つ一つに赤松さんの思い入れがあって、お話を聞いていると、この世界の100年がみえてくるんですよね。秘書の方が「今の若い方にもっと赤松先生の功績をしってもらいたいんです」とおっしゃっていたんですが、私が語ったり書くよりも、ご本人の暮らしぶりのほうがずっと魅力的。あまりにお部屋がすてきなので、ご本人を説き伏せ、今度ファッション雑誌に私から売り込んで、巻頭で特集させてもらうんです。
――柚木さんの売り込みで巻頭に! 楽しみです。
赤松さんは今のフェミニズムを考えたとき、まさに扇の要の部分にいる人。男女雇用機会均等法をつくったすごく立派なかたです。でもカツ代さんと同じように日々をエンジョイしていて、お宅にあるものからそれが伝わるんですよ。今の時代のよさは、研究者がわざわざアクセスしないとわからないような先人たちの功績が、写真やエピソードで一瞬で一般ユーザーに広まって、良き情報が行き渡ること。
オレンジページで連載をやることになったときも、自分から「カツ代さんでいく!」って言いましたけど、カツ代さんも赤松さんも時代の王道。王道すぎて盲点になるような存在ですが、知れば元気をもらえるんです。考えてみたら、オレンジページも「この時期は夏野菜!」とか「クリスマスはケーキ!」とか王道をはずさないですよね。ドーンと書かれていると、「お、おう。じゃあケーキ作っちゃうか!」ってなる。ユーザーをなめずに王道を貫く姿勢、すごくいいなと思います。
〈PROFILE〉
柚木麻子さん
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。
『オール・ノット』1815円(講談社)
今度の柚木麻子は何か違う。これがシスターフッドの新しい現在地!
友達も、恋人も、将来の希望なんてもっとない。貧困にあえぐ苦学生の真央が出会ったのは、かつて栄華を誇った山戸家の生き残り・四葉。「ちゃんとした人にはたった一回の失敗も許されないなんて、そんなのおかしい」彼女に託された一つの宝石箱が、真央の人生を変えていく。

撮影/馬場わかな 文/唐澤理恵