気になるトピックスを毎日お届け!!

「シスターフッド、いいよね」って消費する人たちに、ちょっと意地悪したい。柚木麻子さんが新刊で描く新境地

作家・柚木麻子さん

女性どうしの関係性を書かせたら右に出るものなし! 強い絆からのグチャグチャの嫉妬心まで、女性なら共感必至の作品を次々と送り出してきた作家・柚木麻子さん。作品中の巧みな料理描写もさることながら、ご本人も相当な料理上手。なんと5月からわれらがオレンジページnetで新連載「柚木麻子の『拝啓、小林カツ代様』~令和のジュリー&ジュリア~」が始まりました!

その少し前には新刊『オール・ノット』も上梓。貧困にあえぐ苦学生と、かつて栄華を誇った一族の生き残りであるパートの〈おばさん〉との友情を描き、新境地を開拓した柚木さん。

新刊とnet連載にこめた思いは? 最近の料理事情、どうですか? ファンなら気になるあれこれを直撃インタビュー。「先生、それ記事にできません!」なエピソードも(たびたび)飛び出す絶好調の柚木節を、2回にわたってお届けします。まず前半は『オール・ノット』のお話から。

新刊のタイトルでもある『オール・ノット』の技法で作られたアコヤパールのネックレスを身につけて登場した柚木さん。お似合いです!

人生の早い段階で、人を信頼する勇気を得ることは大切だと思う

 ――新刊『オール・ノット』の主人公の一人・四葉さんは、試食販売のパートで生計を立てる40代。手のこんだ料理や部屋のインテリアなど、つつましい中にもかつての豊かさがにじむ暮らしぶりが素敵で、四葉さんの魅力にひかれていく苦学生・真央の気持ちがよくわかります。このキャラクターが生まれるきっかけは?

その前に書いていた本が歴史もので、ものすごい資料の量だったんです。コロナで取材もできないから、ずっと資料を読んでひたすら書く生活が続いて、もう本当にきつくなっちゃって。作家としてこれ以上やっていけないんじゃないかと思って、他の仕事を検索してたんですよ。これまでやった仕事のなかで一度も怒られなかったのが試食販売だったから「面接受けてみよう」と思って。

――ええ⁉

そうしたらコロナの影響で求人がないんです! 今も復活したとはいえ、カプセルに入ったサンプルを配るという方法が主流で。「やっぱり私には作家の仕事しかないんだ、はあ……」と落ち込んだんですけど、そのときに試食販売の40歳の〈おばさん〉の話が書きたいなと思ったのがとっかかりですね。

――想像以上に意外なきっかけでした。柚木さんといえばシスターフッド小説のイメージがありますが、今回描かれるのは年の離れた女性たちの関係性。糸が切れてもバラバラにならない〈オール・ノット〉加工のパールネックレスをはじめ、彼女たちに受け継がれる宝石が象徴的に描かれます。

もともと好きなのは『若草物語』や『小公女セーラ』みたいな少女小説なんです。富める者から貧しい者に財産が渡っていくとき、昔だと謎の後見人が現れたり送り主のわからないお金が届いたりしても違和感ないけど、現代なら後見人も口座もたどればわかっちゃうじゃないですか。それをどう現代に落とし込むか、ちっちゃくて高い宝石にすればスマートだなとふと思ったんです。

でも私、宝石全然くわしくなくて。手始めに上野の宝石展を見に行ったんですけど楽しくないんです、「大きいとあめみたいだな~」って感じで(笑)。そんなとき母から「あの人の話を聞いたら絶対おもしろいよ」って紹介されたのがジュエリーデザイナーのTさんでした。もうこのTさんの話が抜群におもしろい。なんでかって、Tさんがこれまで大量に失敗をしてきた人だからなんですよ。

オール・ノット技法のパールネックレスは、Tさんから購入した逸品。「小説に書いた宝石の知識も、全部Tさんを通じて知ったものです」。

――〈失敗〉ですか! たとえばどんな……。

自分でものすごい額のジュエリーを作ったけど全然売れなかったり、だまされているとわかりつつその人といっしょにお店をやったり。裕福で余裕があるから、「このおもしろい女が私をどうだますのかしら」って楽しくなっちゃうみたいな(笑)。今は宝石を買う人も少なくなってきていて、Tさんの失敗談はなんなら究極に無駄な話かもしれないけど、すごくありがたみがあるなと思ったんです。

『オール・ノット』の最後、四葉さんが宝石の話をするくだりは、Tさんの言葉をそのまま書きました。四葉さんは控えめでTさんはめちゃ陽キャだから、キャラは全然違うんですけど。

――四葉さんは40歳、真央は19歳。年の差がある女性どうしの交流も印象的でした。違う時代を生きてきた私たちと若い人では、享受してきたものも違う。そのギャップをどう埋めればいいのか考えさせられました。

昔ってよく「失敗を恐れず何でもやってみよう!」って感じで、変な恋愛でも肥やしにするみたいな感覚ありましたけど、今だと写真をSNSに拡散されるとか、それで人生終わりかねないじゃないですか。私は若い友人が多いほうだと思うんですけど、こんな時代だからこそ、ちゃんと無駄なことや失敗ができる安全な場所に誘ってあげたいというのがあって。

全然お金がない若い子と遊ぶ時は、お金出すだけじゃなくて、誰か仕事に繋がる人や情報を紹介するようにしたり、コスパがよい店や買い物方法をおしえたりするようにしてます。でも、若い方の方が私より全然情報をもってますけどね(笑)。私もそんなに生きる知恵があるわけじゃないけど、その場限りのごちそうではなく、次につながるものを与えられたらいいなとは思うんですよね。

あと、そういう時間は私もすごく楽しいんですよ。四葉さんもそうで、真央に何かしてあげようというより、ごはんをおいしく食べてくれる真央を見て楽しんでいるんだと思います。

話の後半でも、40代になった真央が、四葉さんと同じように佐々木さんという苦学生を支援します。佐々木さんは人生の早い段階でそういう人に出会えたおかげで、人を信頼する勇気を手に入れる。それは彼女にとって大きいことだと思うんです。

–{シスターフッドは耳ざわりのいいコンテンツ?}–

「私より若い人のほうが全然賢い」と柚木さん。若い友人たちが柚木さんの料理を食べているのを見るのが「四葉さんと同じでたのしいんです」

――物語の登場人物と柚木さんがかぶります。そういう同世代をどんどん増やしたい!

一方で、これちょっといやな話なんですけど……たまにオールドメディアの男性から「やっぱりシスターフッド、はやってますよね! 女性が手を取り合えば日本はよくなります!」とか言われて。「は? なんでこっちの手弁当要求されてんの」ってときがあるんですよね。

シスターフッドものはたしかにはやっていて、作品を作っている人も読んでいる人も真心があるのに、現状を変えたくない人たちにとってはめちゃくちゃ耳ざわりのいいコンテンツにもなってるんですよ。だからそういう人がこの話を「おばさんと若い子のシスターフッドいいよね、癒やされる~」って読んでるときに、「あれ? ちょっとなんか違うぞ? ざらつくぞ?」みたいに思わせたいという意地悪な気持ちがあります(笑)。そういう人がいちばん嫌いなのが、ミャーコという登場人物だと思うんで。

――ミャーコさん! かつては女子高のスターだった四葉の幼なじみですね。自分勝手でずるくて、絶対友達になりたくないタイプ。でも不思議な魅力があるという。

ミャーコは若くもなく神秘的でもない、ずるいレズビアン。シスターフッドの物語だとセクシャルマイノリティはヒロインの背中を押す聡明な人物であることが多いんですが、ヒロインに背中を押してもらううえに得することばかり考えて生きているミャーコは、シスターフッドを搾取する側からしたらいやな存在ですよね。

少数派が手を取り合って歴史を変えてきたのはすごくいいことですが、少数派に完璧な行動を求めるのはどうなのかな? 性犯罪ひとつとっても、いまだに被害者ばかりが言葉を要求されて、加害者は守られるじゃないですか。被害者みんなが告発できる勇気を持っているわけじゃない。傷を受けたんだから、発言に矛盾があったり、途中で離脱することもあって当たり前。舞さんと四葉さんは一瞬近づくけど、友達にはなりません。舞さんの境遇に、ミャーコは無関心ですし。舞さんが山戸家に感謝しすぎず、別々の道をいく展開には、そういったことを常々考えたからだとおもいます。

ミャーコのキャラは、女子高時代人気があった同級生たちに、なんと柚木さん本人の感じを足して考えたのだとか。「だらしない感じが私です(笑)」

――物語中の登場人物の距離感も印象的でした。四葉と真央の親密な関係が、次の章ではあっさりと離れて、何年も連絡を取っていなかったり。逆に再会も描かれます。

コロナのせいで人間関係が変わってしまって、知り合いと疎遠になった人ってたくさんいると思うんですよ。だからこれを読んでくれた人に伝えたいのは、そういう人に連絡を取ってみませんかということ。こんな社会だから、ちょっと連絡を取ることが、人によってはもすごく大きな救いになることもありますから。

――確かに……。私の場合、クラファン支援のお願いの連絡にどう返そうか迷っているうち、連絡を取らなくなってしまった人もいます。

わかる。でもそれってどっちも悪くないし、そこはミャーコくらいずうずうしくなってもらって。「あのクラファンどした? まあ私は支援してないけど」くらいに。あとは、これを読んでいるあなたが連絡を取った人にすげなくされたりブロックされたりしても、それは提案者・柚木のせいですので! とりあえず連絡を取るのがライフハックです。日本がすごくいい社会だったら、こんなことは言わないんですけど。

――最終章では近未来の日本社会が描かれますが、これがまたリアルでした。真央が出会う佐々木さんが、真央以上に苦労している若者で。ラストは伏せますが、不思議と救いを感じます。

あまりデストピアにはしたくなかったんですけど、未来はハッピーだよっていうのも違う気がして。救われないようで救いがある、それはタイトルの『オール・ノット』にもかかっているんです。〈All Knot〉はパールネックレスの珠の間に結び目を作ることで、切れてもバラバラにならない技法のこと。そして〈All Not〉は「全部だめ」という意味のほかに「全部だめとはかぎらない」という意味もある。私はこの話はハッピーエンドだと思って書きました。若い世代にも、なにか希望を感じてもらえたらうれしいです。

〈PROFILE〉

柚木麻子さん

2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』など多数。

オール・ノット』1815円(講談社)

今度の柚木麻子は何か違う。これがシスターフッドの新しい現在地!
友達も、恋人も、将来の希望なんてもっとない。貧困にあえぐ苦学生の真央が出会ったのは、かつて栄華を誇った山戸家の生き残り・四葉。「ちゃんとした人にはたった一回の失敗も許されないなんて、そんなのおかしい」彼女に託された一つの宝石箱が、真央の人生を変えていく。

撮影/馬場わかな 文/唐澤理恵