
「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。
【くどうれいん書き下ろし食エッセイ連載】vol.3 パンナコッタ
ずっと行ってみたいと思っていた岩手県水沢のカフェ「planter」にわくわく入店したら、本日のスイーツのところに「パンナコッタ」という文字を見つけた。うわあ、パンナコッタだ。ぱんなこったぱんなこった。声に出しながら、もう絶対に注文するに決まっている。だってわたしはパンナコッタが大好きだから。

見るとケースの中でふるふると冷えていて雪のように白い。あらまあ。しかも真っ赤でフレッシュないちごのソースがかかっている。あらあらまあまあ。すみません、パンナコッタとコーヒーをください。コーヒーよりも先に頼んでしまうくらい好きなのに、いま目の前にするまでわたしは自分がパンナコッタを好きだということを忘れていたような気がしてちょっぴり後ろめたい。
しかし、好きなのに好きなことを思い出せずにいる食べ物って、結構あるような気がする。甘いものだと、わたしの中ではババロアやエクレアもそういう種類。パンナコッタあるよと言われたらこんなに興奮するのに、何か甘いものを食べようと思ったときに真っ先に「パンナコッタの舌」になることはあまりない。真っ先には思い出してもらえないのにみんなに愛されている食べ物は、絶対にほかにもたくさんあると思う。ええと、でも、だから、いますぐには思い出せないけれど。
店内で食べます、と伝えると、いちごソースの上にさらにゆるく泡立てた生クリームが張られ、とてもかわいく飾られて出てきたのでわたしはもうめろめろになった。スプーンを差し込むと、柔らかいパンナコッタがてゅるんと持ち上がり、いちごソースと生クリームがとろりとついてくる。
一口食べて、無言で鼻の穴を膨らませた。おいしい、こんなにおいしい食べ物ってあったんだっけ。とても柔らかく作られていて、あっという間に舌の上でとろけてしまう。味わいもプリンよりもっとシンプルで去り際がよい。甘すぎるものは苦手だけれど、わたしはそもそも生クリームが好きなのだ。ああ、パンナコッタ。ぱんなこった。声に出したくなるリズムで、しかもちょっとだけ怒っているような、一筋縄ではいかなそうなその名前も好きだ。わたしは夢中で食べた。
パンナコッタを食べられる機会って、考えてみるとそう多くない。ランチセットのデザートで二匙(ふたさじ)くらいのちいさなものをいただくことのほうが多いような気がする。目の前のちいさめのマグカップくらいの大きさの器にぱんぱんにはいったパンナコッタを、自分の好きなだけぐわりと掬(すく)って食べてもよいというところも興奮した。
それからしばらく、わたしはパンナコッタが好きなんだと思いながら暮らしている。検索してみると、大きな器で作るパンナコッタのレシピも結構多い。それならばもっと大きなスプーンで頰張るのだって夢じゃない。自分でも作ってみようかしらと思い立ち、生クリームとグラニュー糖と安くなっていたちいさないちごを買っておいた。
いつでもパンナコッタを作れるぞと思いながら締め切りに追われて夕飯すら満足に作れない日々が続いてしまい、ついに生クリームの賞味期限に間に合わず、クリームパスタになってしまったが、いつでもパンナコッタを作れると思っておきたいから、また生クリームを買おうと思う。

著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)










