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けえけえくうくう くどう れいん

「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。

【くどうれいん書き下ろし食エッセイ連載】vol.13 えだまめをもぐ

 お盆に祖母の家に行くと父はすぐに「豆ある?」とたずね、祖母は「裏さ」と言った。大好物の枝豆はありますか。そう言われるだろうと採っておいた枝豆が裏玄関にあるよ。という意味なのだが、ふたりの合言葉のような会話に笑ってしまう。夏と言えば枝豆なのだ。

 裏玄関の前には年季の入った手押しの一輪車が置かれており、そこに枝豆がうんと実った枝が山盛りに置かれていた。きょうも暑いのに、祖母はわたしたちが来る前に畑から採っておいてくれたのだ。「よし」と父が空のバケツを置いて枝を手に取った。わたしも「やりますか」としゃがみこむ。立派な枝、立派な葉、立派なさや。一株を持つだけで花束を抱えたようなボリュームだ。

わたしたちは黙々と枝豆をもぐ。枝豆を食べたければ、枝豆を枝からもがなければいけない。たんまり枝豆をいただくものとして最低限の奉仕である。さやを握って枝から千切るようにぐっと外す。単純だが面倒ですこし力もいる。新鮮な生の枝豆は硬い。産毛がちくちくする。もいでももいでもまだ終わらない。普段目の前に現れる枝豆は大抵さやが枝から離れているけれど、それはだれかが枝から枝豆を外してくれたからなのだと改めて感謝したくなる。

 父が楽な枝の持ち方を教えてくれて、慣れてくるとだんだんもぐ速度が上がった。三分の一ほど終えたあたりで強い雷鳴が聞こえてくる。こりゃあ降るぞ。一輪車を押して逃げるように屋根のある表玄関へ避難すると間一髪で猛烈な雨が降ってきた。

 心配した祖母は折りたたみ椅子を持って玄関に出てきてくれて、祖母と父とわたしは三人で並んで枝豆を捥いだ。祖母は枝豆を捥ぐのが驚くほど速い。一気にふたつみっつ捥いでいるうえ、ちっとも痛そうではない。滝のような雨の中、バケツの中はようやく枝豆で一杯になった。これをみんなもらっていいなんて。買ったらいくら、とどうしても考えてしまう。ありがたい。雨が過ぎるまで祖母の煮つけをたんまり食べた。

 帰宅すると父は何より先に大鍋に湯を沸かし、枝豆を洗った。父は昔から枝豆が大好物でいくらでも食べるのだと祖母は言う。家でいちばん大きなザルに山盛りで、バケツの半分くらいはある。大量に枝豆をゆでるのは小さなころからの馴染みの景色なので、夏だなあとうれしさがこみ上げる。枝豆は山盛りを食べるものだと思っていたから、大学生になって飲み屋さんのお通しの小皿にちんまりと枝豆が出てきたときはおままごとのようで驚いた。

 採れたて茹でたての枝豆の美味しさを知っているだろうか。きみどりは鮮やかで、ぱんっとはじけそうなハリのある実はかめばしゃきっとしてもくっとして、甘くていい香りがしてたまらない。新聞紙を広げてそこにザルごと置く。うま、と言う暇もなく手が勝手に次のさやを持って、口がそれを吸う。産毛に塩が絡まってうまい。さすが枝豆好きの父は茹で加減もほんのちょっとだけ硬めで完璧だ。

 ああもっと、もっと食べたいと脳が指令を出している。蟹を食べるときとほとんど同じ。両親とわたしの三人で奪い合うように無言で食べ続けると目の前の山は消え、あっという間に殻の山になる。ぷっくりと膨らんだ枝豆を指で押す。こんなにおいしい枝豆だけでお腹がいっぱいになるなんて、しあわせな夏!

著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)

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