
「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。
【くどうれいん食エッセイ連載】vol.6 たらこご飯
三月十一日は、たらこご飯を食べる日だと決めている。東日本大震災を盛岡で経験したわたしは、その記憶を辿(たど)って一番印象的だった食べ物がたらこご飯なのだ。
高校生だったわたしはその日、春休みでひとりきりで自宅にいた。まず犬が聞いたことのない怯(おび)えた声で鳴きはじめ、そのあとすぐにみしみしと鳴って揺れた。立っていられないような揺れで、はじめこそテレビや割れ物などを支えようと思っていたが、あまりの揺れに(命が危ないくらいのことなのかもしれない)とダイニングテーブルの下に潜る。ぷんっ、と電気の切れる音がしてテレビが消えて、地面の揺れる音だけが聞こえた。長かった。大きかった。心臓がばくばくして、とにかく何かとんでもないことが起きていることだけがわかった。
電気と水道が止まり、そのまま夜を迎えた。父は被害状況の確認対応で夜通しの仕事になってしまったが、なんとかそれ以外の家族が集合して、蠟燭(ろうそく)の明かりとラジオで一晩を過ごす。不安で怖かったはずなのにやけに正義感が働いて、何かできることはないかずっとぐるぐる考えていた(そしてその翌日、庭の雪を集めてかまくらのようにして冷蔵や冷凍のものをみんなそこへ移動しようとして止められた。冷蔵庫は電気が切れても、頻繁に開閉さえしなければある程度冷たさを保っておけるということを知らなかったわたしは、かまくらへの移動のために冷蔵庫の扉を開けまくってしまった)。カセットコンロがあって本当によかったと思う夜だった。お湯があるだけで助かる。カップラーメンを食べたはずだ。
その翌日、父がようやく帰宅できるとなったもののまだ電気は復旧していない。電車もないし、道路の信号も機能していない状況で母が迎えに行って、持って帰ってきたのが白飯とたらこだった。冷蔵品がだめになるからか、鮮魚店が大盤振る舞いで営業していたらしい。さらにその鮮魚店では無料で炊きたての白飯を配っていたからありがたく少し分けてもらったとのことで、お刺身を載せるような白いプラスチックトレーで上下を挟むように白飯が入っていた。手のひらに載せるとそれがほんわり温かくてありがたかった。
いついままでのような食卓に戻ることができるかわからなかったから、白いご飯が心底ほっとした。もちっとしたご飯は嚙(か)むほどに甘くておいしい。みんなでちょっとずつ分け合って食べていると泣きそうになる。鮮魚店のたらこってこんなにおいしいんだね。おいしいと思うとありがたくて目が潤む。「この味は忘れないだろうね」と母が言った。だから、忘れないために毎年三月十一日はたらこご飯を食べる。たらこご飯を食べるなんて状況じゃなかった沿岸の人たちがたくさんいる岩手県で、内陸にいて、不安の中でたらこご飯を食べたと思い出すために。
今年もそのときの鮮魚店でたらこを買って、ご飯を炊いた。高いたらこは輪切りにしても全くべちゃっとしない。なめらかなのに一粒一粒がくっきりとしていて、塩味が上品だ。炊きたてのご飯を食べることができるのもたらこが鮮魚店に並ぶのも、電気があり、水道があり、平和だから。たらこご飯を食べ終えて、日記を書いた。

著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)










