
「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。
【くどうれいん書き下ろし食エッセイ連載】vol.9 さくらんぼの音符
さくらんぼを注文した。届くまでの間ずっと(さくらんぼを頼んだぞ!)と思う。数週間たっていよいよ受け取るとうやうやしく持ち上げて箱のまま冷蔵庫で冷やす。すると今度は食べるまでの間ずっと(さくらんぼが冷えているぞ!)と思う。わたしの暮らしの中で、さくらんぼのことを考える時間がイルミネーションのように光る。
頼んだのは秋田県十文字町のほそかわ農園の佐藤錦である。細川さんたちとは以前から交流があって、年に数度会ったり十文字町に飲みに行ったりするほど親しくしているのだけれど、『桃を煮るひと』という食エッセイの中の桃がこちらのものだと書いてみると、友人たちにもファンが多いとわかりうれしかった。その友人の一人がある朝に「れいんさん、さくらんぼの販売がはじまっているよ!」と連絡をくれたのだ。人気なのでうかうかしていると売り切れてしまうから、買うなら早くとのこと。
わたしは桃のことしか考えていなかったので、そうか、さくらんぼ、うわ、食べたいっ! と、思い切って細川さんにさくらんぼを一箱注文した。そんな贅沢なと思ったのだけれど、ちょうど長いことふてくされたようにきもちの調子が落ち込んで自分を責めてばかりいたので、これで少しでも自分を甘やかすのだと思うことにする。なにより、毎日のようにInstagramで見ている、とても手のかかったさくらんぼを食べてみたい。桃だって目のかっぴらくような美味しさだったのだ。間違いないはずだ。
冷やしてから箱を開けてみると、驚いた。佐藤錦だけでなく、ご厚意で黄色や黒のさくらんぼも入っているのだ。「食べてもらいたくて勝手に色々な種類を入れてしまいました、申し訳ございません」とある。申し訳ないのはこちらのほうだ、こんな大盤振る舞いされちゃあ。佐藤錦、黒佐藤錦、紅秀峰、月山錦、フルボディハート。五種類も入れてくださっていて、それぞれ違う鮮やかさを抱いてつやつやに輝いている。さくらんぼと言われれば、赤いさくらんぼとアメリカンチェリーのような黒いさくらんぼがあるというくらいの認識しかしていなかったから、まずはその種類の多さに驚いた。お皿にのせて何度も写真を撮る。ひと粒が立派に大きくて、生命力がぱつぱつに詰まっているようだ。
佐藤錦をぱくりと口に入れてかじり、鼻から鋭く息を吸う。なんだこれ、すっごい! 肉厚で濃くて甘くて酸っぱくて華やかでさわやか。わたしはとっさに(鳴ってしまう)と思った。ご機嫌な鈴のような高い音が鳴るような明るい美味しさがある。さくらんぼって、先っぽに宝石の実った音符なのかもしれない。

美味しすぎてひとり占めしたい気もするし、これまでお世話になった人やわたしの好きな人たちにひと粒ずつでも食べてもらわないと気が済まないような気もした。こりゃすごいさくらんぼだ。わたしは放心しながらもうひと粒食べて、あとは冷蔵庫に仕舞う。それからしばらくは減ってゆくことを惜しみつつ毎日少しずつ食べた。(冷蔵庫にさくらんぼがある!)と思うと、こころがはりを取り戻した。ついに全部食べきってしまうころ、随分長らく続いていた暗い気持ちはなくなっていた。落ち込んでいる暇なんてないやと思ったのだ。もっとこころを鳴らさないと。
著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)









