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けえけえくうくう くどう れいん

「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。

vol.2 オデンタイン

 ここ数年、毎年バレンタインにはおでんを仕込んでいる。量るのが苦手なわたしはどうしてもお菓子作りを好きになれない。ましてや一緒にサロン・デュ・ショコラを楽しめるほどのチョコレート好きの夫にど素人のわたしがお菓子を作るなんて徒労である。しかし、バレンタインらしいことはしたい。苦し紛れに二月十四日の夕飯にする予定だったおでんにハート形のソーセージやにんじんを入れて、「バレンタインおでん」にしたのが始まりだった。

「ハッピーオデンタイン!」

 おかえりの代わりにそう言うと夫は狼狽(うろた)えた。「バレンタインなのでおでんを作りました」と改めて言うと、そんなのはじめて聞きましたけどと夫は笑う。しかしわたしのおでんはとびきりにおいしいので、来年もバレンタインはおでんにしてほしいと言わせることが出来て今に至る。さあ、みなさん。バレンタインは茶色ければなんでもいいということにしましょうよ。レッツオデンタイン。

 わたしがおでんを作るのは年に一度、このときだけである。おでんって具材を買いそろえるだけでぎょっとする値段になるし、それぞれ煮込むのも案外面倒くさい。「家で作るより外で食べたほうが安くておいしいランキング」があるとしたら、おでんはその上位だと思う。大鍋で作るほどおでんは安くておいしいのだから、やっぱり家で作るものでは敵(かな)わないような気がする。練り物を数種買っただけで、もう居酒屋でおでん盛り合わせを頼める値段になってしまう。そこを、バレンタインのための予算だと思うことでいつもなら気後れするようなさつま揚げも買ってしまおうという魂胆だ。オデンタイン二〇二六の具材は、牛すじ、たまご、大根、昆布、こんにゃく、しらたき、お揚げ、ちくわ、さつま揚げ、ごぼう巻き、海老団子、車麩、菜花である。

 欲張りすぎて鍋はあっという間に表面張力のようになり、海老団子と車麩は二日目以降に入れることにした。菜花は色合いのために食べる直前にさっと汁で温めるだけにするのがこだわりで、あとは切ってひたすら煮込むだけだ。金沢で食べたおでんの牛すじの美味しさが忘れられず、思い切って煮込んでみたがこれがとろんとろんで最高だった。
おでんの汁はいろいろ試した結果、昆布だし(昆布は結んで具にする)に顆粒だしと鶏ガラスープを入れ、ちょろっとだけオイスターソースを入れる、ということで自分の味が見つかった気がしている。濃くてパンチがある汁にしたいのは、絶対に最後はうどんを入れて食べきりたいからだ。煮込んでは具を足し、煮込んでは具を足し、一週間ほどで具を食べきると、最後のすべての旨味を吸いきった汁で冷凍うどんがぶよぶよになるまで煮込む。それに七味をかけて食べる達成感の籠(こも)ったおいしさと言ったら!

「ハッピーオデンタイン!」

 三年目ともなるとおかえりの代わりにそう言われても夫は怯(ひる)まなくなった。 それどころか「やったー、 おでんだ!」とはしゃいでいそいで部屋着に着替えようとしている。 しめしめ。 もはやバレンタインというイベントは、わたしが好きな具でやりたい放題におでんを作っていい日に成り代わりつつある。

著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)

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