お客さんの悩みや気持ちに寄り添う本を、ちょっと世話焼きな書店員たちが心をこめて選書いたします。どうか素敵な本との出会いがありますように。
自分の語彙力、足りないかもと思うあなたへ。凄腕書店員が薦める『語彙力を鍛える本6選』

今月のお客様のご依頼は……
「すごい」「よかった」「かわいい」など、何を見ても同じような言葉しか出てきません。語彙力や表現力を磨ける本、ありませんか?
今回の選書担当

書店員芸人 カモシダせぶんさん
芸人活動と並行し、2つの書店に勤める現役書店員。9 月19日には初小説『探偵はパシられる』(PHP研究所)発売予定。
公式X:@kamo_books

「いか文庫」店主 粕川ゆきさん
書店勤務のかたわら、店舗も商品もない「エア本屋」・いか文庫を発足。リアル書店での選書やイベントを通じ、本との出会いを提供している。
紹介する本 一覧
書店員芸人 カモシダせぶんさん
「いか文庫」店主 粕川ゆきさん
書店員芸人 カモシダせぶんさん
おすすめ3選
たったひとつの文章が99通りに変身!

文体練習/
著:レーモン・クノー 訳:朝比奈弘治 朝日出版社 3738円
語彙力や表現力というのは、ある種「言い換え力」ともいえると思うんです。この本はバスの中で文句を言ってる男を見かけ、数時間後、駅前の広場でまたその男を見かけた……といった内容のメモから始まるんですが、この短いメモの内容が99 通り、違う文体で書かれているんです。たとえば【隠喩を用いて】という章では、バスのことを「白っぽい腹の巨大なカブトムシ」と書いていたり、【女子高生】の章ではギャルがメモの内容をしゃべっていたり。また【複式記述】の章では「昼の十二時の正午頃」のように、文章として間違えている表現もギャグとして書かれています。正しい文法もダメな文法も教えてくれるわけです。楽しく言い換え力が鍛えられる素敵な一冊ですよ。
『地下鉄のザジ』などの作品で知られるレーモン・クノーによる、一つのなんてことのない出来事を99 通りに表現したユニークな一冊。デザインの遊び心にも注目。
言葉選びのセンスが光るベストエッセイ集

海猫沢めろん随筆傑作選 生活/
著:海猫沢めろん 河出書房新社 2750円
海猫沢めろん先生の、作家生活20年の中で発表されたエッセイのベスト集。初出はそれぞれ違う新聞や雑誌で、書き出しのテーマは同じものが多いです。とくに【お金がない】と【何もしたくない】という2つのことを、異なる切り口や言い方で書いているわけです。先生の技巧光りまくり。薄毛の悩みの記事も多いんですが、なかでも前髪ばかり気にしていたら、いつの間にかてっぺんも薄くなっていた……というのを「横山三国志式」と名づけるセンス。城を守っていたら、いつの間にか別の城が陥落してた、みたいな。抜群すぎる表現です。同じ話や単語を角度を変えて楽しませてくれる本書、笑えるしためになることも多いので、『オレンジページ』を読んでるあなた、めろんもぜひ。
流浪の作家・海猫沢めろん珠玉のエッセイ集。2004 年『左巻キ式ラストリゾート』でのデビューから20 年の間につづられた、人生の軌跡と奇跡の記録。
この作品にしかない究極に激しく美しい表現

岸辺露伴は叫ばない 短編小説集/
小説:維羽裕介、北國ばらっど、 宮本深礼、 吉上 亮 集英社 946円
表現が最も激しく美しいもの。僕にとってそれは『ジョジョの奇妙な冒険』です。名前くらいは聞いたことがあるでしょう。少年マンガの金字塔。強烈な絵とせりふが頭に残ります。本作は今年で連載38 年目、現在も連載中。これを最初から読むのはなかなか大変なので、登場人物の一人に注目した短編小説集〈岸辺露伴シリーズ〉から入るのはいかがでしょう。設定を知らなくても、「世にも奇妙な物語」みたいな感じで読めるので初心者におすすめ。ジョジョのキャラは、戦うべき相手と対峙したとき「なんなんだああァーーッ! 貴様はああああァーーーーッ!!」とか叫びます。他のマンガにない迫力。ジョジョ的表現、新鮮だと思うので使ってみてください。声に出すと気持ちいい。
荒木飛呂彦原作、世界的人気を誇るマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』。この派生作品『岸辺露伴は動かない』シリーズをもとにした、4 人の作家による短編小説を収録。
「いか文庫」店主 粕川ゆきさん
おすすめ3選
言葉の世界をもっと探求したくなる!

おくれ毛で風を切れ/
著:古賀及子 素粒社 1980円
「あばばあばばと思いながら大急ぎで」「ありがたみが染み渡りきる」「飲むように3 個食べる」「らっせらっせと歩く」「いろいろ食べられて豊かだった」など、一般的な言い方ではないけれど、絶妙にぴったりな表現だらけで読むのが楽しい日記エッセイ。その日あったことをつづる、ただそれだけのはずなのに、古賀さん特有の表現が愉快だから、まるで自分もその場に居合わせているかのようなうれしみがわいてきます。息子さん、娘さんの表現力も目をみはるものがあって、「ファーブルが昆虫を見るときのようなやさしい目」なんて、実際に見たことはないけどわかる気がするのがスゴイ。言葉っておもしろいな、もっとたくさんの言葉にふれたいなと、前向きな気持ちにもさせてくれます。
初の著書『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』が注目を集めたライター・エッセイスト、古賀及子による日記エッセイ。家族との愉快で多感な日々をつづった第2 弾。
人の心に深く響く「詩」の世界に学ぶ

詩のこころを読む/
著:茨木のり子 岩波ジュニア新書 1089円
詩はむずかしい、そんな苦手意識を吹き飛ばしてくれる一冊です。魅力は何より、茨木さんの語り口がやさしく、あらゆる表現で詩の魅力を伝えてくれること。冒頭の「どこの国でも詩は、その国のことばの花々です」という一文で一気に詩の世界に入り込ませてくれます。さらに「詩は感情の領分に属していて、感情の奥底から発したものでなければ他人の心に達することはできません」とも。まずは自分の感情をどう言い表すのがしっくりくるか、何個も挙げて表現力を鍛えてみようと思わされます。本書の中で私が気になった詩人は、岸田衿子さん。言葉遊びのような詩は何度も唱えたくなります。言葉と遊んで仲よくなることも、語彙力につながるかもしれません。
自らも詩人であり、たくさんの人の詩にもふれてきたという茨木のり子。自身を豊かにしてくれた作品を一つ一つ語りながら、魅力的な詩の世界に誘う。
一方通行な手紙が想像力をかき立てる

恋文の技術 新版/
著:森見登美彦 ポプラ文庫 869円
主人公から友人たちへの手紙で物語が進む、「書簡体」小説。届いた返事は載っておらず、主人公からのさらなる返事で進んでいきます。わかりにくいんじゃ? それが正反対! 相手のリアクションやドタバタな出来事の概要など、脳内で映像再生されているかのようにありありと伝わってくるんです。著者の森見さんは独特な言い回しも人気ですが、手紙という形態でもその魅力を発揮。「俺の魂は洗い立ての便器のように清らか」など、思わず吹いてしまう表現がちりばめられています。だからこそ想像力もますますかき立てられて、大きく楽しく広がっていき、笑いながら「驚き」ともいえる読書体験ができる。諸君、SNSじゃなく手紙を書こう!(ほら、森見節がうつっちゃうくらい……)。
京都から能登の実験所に送られた大学院生・守田一郎。「文通武者修行」と称してあちこちに手紙を書きまくるが、本当に送りたい相手にはなかなか書けずにいて――。
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イラスト/河原奈苗
















