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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】梅しごとにはゲーム実況者とファンのような、不思議な繋がりがある。

柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~

第27回  梅しごとにはゲーム実況者とファンのような、不思議な繋がりがある

のっけから、自慢で申し訳ない。
私は梅干しや梅料理が大好きだが、梅しごとをしたことがない人間である。なぜかといえば、周囲に必ず梅しごとをしてくれる人が現れ、気前よくお裾分けをくれるからだ。
梅ジャムを毎年送ってくれる友達がいるし、母の友人からもよく手作りの梅の甘煮や梅干しをもらう。今年はまた別の友達から彼女のお父さんが手作りしたという梅干しを大量にもらった。昔ながらのしょっぱい梅干しで、これ一粒で猛暑の日々をシャッキリ乗り切れそうである。
カツ代さんの一番弟子である本田明子さんは、今年もテレビで、SNSで、雑誌で、色々な梅しごとを公開している。どれも美味しそうで、なんとかこの連載でお世話になっているご縁でお裾分けいただけないかな、と私は目論んでいる。梅酒を作っている仲間も何人もいるし、今年も梅に関しては、パラサイト生活で何なく乗り切れそうである。

ただ、最近、インスタグラムのDMで読者の方から、大好きな今井真実さんの「梅ダージリン」のレシピを教わり、簡単そうだったので、それだけは作った。紅茶の香りがついたフルーツが、昔から好きなのだ。香ばしい梅シロップの染みた冷たい実を食べると、猛暑の疲れが溶けていく。
梅しごとの面白いところは、一度に大量にできるため、みんなお裾分けすることにあまり躊躇がなく、会ったことがないのに毎年必ず梅をくれる人が大勢いることである。庭で育てた梅で美味しい保存食を作るあの人やこの人は、知人を介して、楽しみに待っている私の存在を知ってはいるが、コンタクトを取り合うわけではない。しかし我々の間には明らかにゲーム実況者とファンのような、文通相手のような、作品のやり取りのみの同人誌仲間のような、直接顔を合わせないが交流が持続している人同士にだけ発生する、信頼と敬意が流れている。もし、馴染みの梅しごと人たちに何か危険やトラブルが迫っていたら、会ったことはないけれど私は手を貸すし、親身になるのではないかと思う。

欧米のコージーミステリーには、手作りの食を介して繋がる地方都市のコミュニティが頻繁に登場して、誰かに殺人容疑がかかると、料理好きの主婦が「あんなに美味しい○○を作る人が殺人なんてするわけない」と言い張って、警察を押しのけてアリバイを証明しようとし、素人探偵が誕生―――、というストーリーが今思い出しただけで割とある。私もおそらく、梅しごと人たちに何かあったら、絶対に捜査に乗り出すことになるはずだ。梅しごとのコージーミステリーを誰か書かないかなあ?

話は脱線したが、もちろんカツ代さんもたくさんの梅干し料理のレシピを残した方だ。梅干しの作り方もレクチャーしていて、私にはハードルが高いが、カツ代さんのものだったら、やってみてもいいかもな、とちょっと思う。それこそ、カツ代さんは大量の梅干しや梅料理を、いろんな人に配り、見返りを求めないタイプに見える。今回はその中から梅こんぶおにぎりと、新玉葱(季節的にはもう新玉葱ではない)の梅おかかサラダを、もらったばかりの友達のお父さんの梅干しで作ることにした。

さすがカツ代さんレシピで、ここ数年で私が知ったばかりの梅干しをご飯と一緒に炊き込み、混ぜるという作り方を早い段階で考案している。これをやるとご飯全体に酸味がほんのり行きわたり、傷まないだけではなく、お米がとても美味しくなる。玉ねぎも湯通しをするおかげで、サクサク甘く、梅の酸味でいくらでも食べられる。


最近、フィクションを読んでいると、手作り料理が好きで周囲に配るタイプの女性が、非常に独善的で嫌な人間として描かれることが多く、確かに食べたくもないのに押し付けられたら嫌だよなあ、と思うし、食を武器に使ったり、家父長制の押し付けのアイテムにされるのは私も大嫌いである。しかし、嫌なやつが好む料理に100%、保存食とお菓子が選ばれがちなのを読むにつけ、コージーミステリー好きとしては、いやいや、そこから面白い冒険に発展することもあるし、もらうのを楽しみにしている人間もここにいるんですよ、と大声で主張したい。まさにカツ代さんその人こそ、顔が見えない相手に、自分が持っている知識やレシピを惜しみなく分け与えてくれる、代表格みたいな人だったんだろうなあ、とさっぱりしたおむすびやサラダを食べながら、つくづく思うのである。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「KATSUYOレシピ」より一部引用

「米1合で3個出来るよ。梅は最初から炊くと、少し汗ばむ小春日和の日にもむいているおむすびになる。」

『梅こんぶのおにぎり』のレシピ

材料(3人分)
米……2合(360ml)
梅干し……大2個
塩昆布……大さじ2
塩……適量

作り方
(1)米を研いで、いつも通りの水加減をして30分以上浸水させる。
(2)①に梅干しを2個ポーンと入れて、スイッチオン。
(3)炊き上がり、十分蒸らしたら、梅干しの種は取り出す。
(4)塩昆布を加えて、全体を木べらでご飯粒をつぶさないように混ぜる。
(5)茶碗の中を水でぬらし、④のご飯を軽く一杯入れる。
(6)清潔な手のひらに塩適量を全体に広げ、⑤のご飯をのせる。
(7)最初は軽く、全体を包み込むように優しくまとめ、あとは三角形になるよう意識しながら、手の平の中で2~3回転がす。
(8)面を返して、2~3回で転がしながら形を整える。
POINT ※米1合のご飯から、3個作ることができます。

「新玉葱が出てきたら、是非一品加えて」

『新玉葱の梅おかかサラダ』のレシピ

材料(4人分)
玉葱……1個(200g)
梅干し……大1個
みりん……小さじ2
削り節……適量
醤油……小さじ1/2
米酢……小さじ1/2

作り方
(1)玉葱は繊維に沿って薄切りにする。
ザルに広げて、熱湯をかけ、冷ます。
(2)梅肉とみりんを混ぜ、玉葱を和える。
(3)器に盛り、削り節をのせ、醤油、米酢を適量かけて食べる。


次回は8/23(土)更新! お楽しみに。

柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。
毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子