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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

【柚木麻子連載】小林カツ代のルーツは「まゆの会」。70年代に託児付きの主婦の勉強会を立ち上げた先見性

2025.01.26

「2025年のおせち」

第21回 小林カツ代のルーツは「まゆの会」。70年代に託児付きの主婦勉強会を立ち上げた先見性


さあ、2025年がやってきた。
今年の幕開けも小林カツ代さんの『小林カツ代のやさしいおせち』(講談社)のレシピのおかげで大好評。

さらに、最後のお餅で作った「餅入りポトフ」も同レシピ本によるものだが、ふくよかな洋風の味わいを餅が全力で受け止めていて、すこぶる評判がいい。これから季節問わず食べ続けたい。
今年で作家生活15年目を迎える。40代なかばともなると、資料探しや取材の勘所が抜群によくなってくる。おかげで最近色々なことの謎が解けてくるようになった。作家デビューした時の「あれ、これ変だな。でも、特殊な業界だから、そういうもんなんだろうな」と流していたちょっとした違和感。出会った人たちとの会話の中でその場で口に出せなかった疑問。若い頃出会った小説や映画の、完全に理解できなかった部分、ここ数ヶ月で何故かそうしたことの謎がスルスルと解けていっている。 私の人生、ここからは答え合わせのシーズンになってくるのではないか。そんな予感がちょっと怖くも、ワクワクしている。

ここにきて、本連載で研究し続けてきた小林カツ代さんの先見性。その秘密が今回ついに明かされたことも、偶然ではない気がする。
そのルーツは「まゆの会」にあったのである。「まゆの会」とは1978年、カツ代さんが栄養士の長澤千佐子さんと始めた、専業主婦を対象とした勉強会だ。豊島区民センターで定期的に開かれていて、毎回有名なゲスト講師を招いていたらしい。講演会をまとめた『まゆからの旅立ち 出会いの教室』(文園社・絶版)という本が84年に出版されている(現在、価格高騰中)。

カツ代さんと長澤さんは元々は「アンファンテ」という会で出会った。子どもを持つ女性たちで集まって、共同保育をしながら、何かを生み出そうという趣旨だったらしいが、自然消滅してしまう。
出産し、家事が人生のメインになると、なかなか女性は新しい人と知り合えない、学ぶ機会を持てない。そこに目をつけたカツ代さんは長澤さんと新たな会を立ち上げることを思いつく。本書のカツ代さんによる前書きがその意欲を物語っている。

「‟まゆ”は硬い殻のように見えるけど、勢いよく桑の葉を食べて、糸を一生懸命紡ぎ出します。ものを貪欲に吸収して、自分の生涯を生き通します。そしていつの日か旅立ってゆく――。そこでそういう生き方を学ぶと同時に‟まゆ”という言葉のやさしさが、とても気にいったからです。同じように私たち女性も、家のなかでじっとしているように見えても、自分の人生を歩み、社会と繫がりをもっている。夫や子どもを通してばかりでなく、自分が直接、社会とかかわりをもっている――。それを十分自覚して、会の運営を進めていこうと決意しました」(『まゆからの旅立ち』P2〈小さな歴史をふり返って〉より一部引用)

画期的なのは、この会が託児付きの教室だということだ。

ちょうど今、私は別件で、保育園の歴史について調べているのだが、50年代〜70年代、子を預けて働く女性、そしてその預かり場所は社会から相当冷遇されていたということがわかってきた。そもそも高度成長期、企業戦士がとんでもない馬力で働くには、無償で産み育てて家事労働をする専業主婦がいないと成り立たなかった。この時期、共働き家庭のための社会保障費をケチったことが後々の少子化につながっているな、と関係者に取材すると、つくづく思う。

案の定、カツ代さんたちもほとんどの会場で断られたり、値段をふっかけられたりする。それでもなんとか会場と保育士を確保、主婦が出席しやすいように、午前中、月2回と決めて、会はスタートする。

どの講師たちも、はっきりとフェミニストである。カツ代さんと長澤さんは明らかに、生徒さんや自分たちをジェンダー的、政治的にアップデートして欲しいという意志を持って、講師を選んでいるのがわかる。ランナップを見る限り、この本には掲載されていないけれど、上野千鶴子先生が登場したのではないか、という噂も本当のような気がする。

例えば、トップバッターを務める、元日本YWCA副会長で劇作家の松岡励子さん。古典をひもときながら、女性が自分の言葉で表現するとはどういうことか、教えてくれる。大偉業を成し遂げろ、と言っているのではなく、日常のちょっとした風景に敏感になって、可能性を広げてみて、というエピソードがありがたい。恩師の安井てつさんや、叔母である羽仁もと子さんとのエピソードなど、余談だが拙著『らんたん』(小学館)とも関わってくる話で面白く読んだ。あと、俳優の岸田今日子さんは朗読もしてくれたらしい。他にも、離婚問題に強い、弁護士の金住典子さんは離婚に伴う日本の法律が女性に厳しいことを説く、映画評論家の荻昌弘さんは、男性的権威やアカデミックな評価と関係なく、自分の目で映画を楽しむことを教えてくれる。心理学者の秋山さと子さんは自身のたどってきた道を離婚トラブルまでざっくばらんに語りながら、どうやって自分を取り戻したかを打ち明ける。美術館館長の窪島誠一郎さんは、自分のエゴまで客観視した上で、成り上がってきた人生を詳らかにする。

女性の生き生きした人生を阻むものとして、家父長制を批判している人がとても多い。それがとても平易な言葉で語られている。メモしておきたい箇所がたくさんあった。

「まゆの会」は3年も続いたそうである。

参加した会員の動機で一番多いのが「友達が欲しい」というものだった。実際、アットホームな雰囲気だったらしい。カツ代さんも会員さんと本当に友達にもなっていたようだ。

売れっ子の料理研究家であるカツ代さんは、専業主婦の生徒たちを啓発しようという気持ちは微塵もない。なぜなら、ほんの少し前まで、カツ代さん自身が専業主婦だったのだ。家族と幸せであっても、新しい出会いや情報に恵まれない不安や孤独を、誰よりもよくわかっていたのではないか。だから、自分も一緒に学んでいこうとする姿勢がそこにある。

考えてみれば、カツ代さんが変わる時、それはいつも読者と一緒だった。この連載で追い続けたカツ代さんの核の部分とは、もしかして、彼女の本を手に取った人を、味方にして、友達にして一緒に成長する、無意識の「巻き込み力」なのかもしれない。

私がまさに今、カツ代さんの人生を追体験しているので、それが本当によくわかるのである。

今回紹介したカツ代さんレシピ

※「小林カツ代のやさしいおせち」(1995年・講談社)より一部引用

「関西には、丸もちも角もちもありますが、丸もちが中心。お正月の一日、二日は、丸もちを食べ、それがなくなってくると角もちを食べはじめるのです。
東京暮らしが長くなったとはいえ、大阪人の私は、あの丸もちの愛らしい形が、やはり好きです。丸もちには、あんこ入りもありのです。焼くとプクッともちがふくれて、そこからあんこがプチュッと出てきて、それはそれはおいしい。暮れにおもち屋さんが届けてくれたけれど、生家ではかならず「あんこ入りもね」と頼んでいました。今でも、大阪ではあんこ入り丸もちは健在だとか。機会があったら、皆さんもぜひ食べてみてください。」


『もち入りポトフ』のレシピ 

材料
A
大根(3cm厚さの輪切り)……4~6個
にんじん(2cm厚さの輪切り)……4~6個
水……7~8カップ
固形スープの素……1個
塩……小さじ1/2~

豚肉(しゃぶしゃぶ用)……300g
角もち……4個
塩、こしょう……各少々
大根葉(内側のやわらかいところ・みじん切り)少々

作り方
(1)鍋にAを入れて火をかけ、フツフツと煮立ったら弱火にして40分ほど、野菜がやわらかくなるまで煮る。
(2)(1)に豚肉を1枚ずつひらひらと入れる。あくが出たらすくい、肉に火が通ったら塩、こしょうで味をととのえる。
(3)もちはオーブントースターで5~7分、ふっくら、こんがりと焼き、器に盛り、アツアツの(2)を上から注ぎ、大根葉を散らす。


次回は2/28(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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