海外旅行で人生初ホームシック。ふと気づく、何でもない日常の大切さ/清水みさと連載

旅向き人間のはずが……日本が恋しくてたまらなかった

人生で初めてホームシックになった。
5月。北欧5カ国を1カ月かけてめぐる旅もいよいよ終盤にさしかかり、残り1週間を切ったころ。
これまでもたくさん旅してきたし、1カ月間イギリスに留学したことだってあるのに、こんなことって初めてだった。
時差ボケ知らず、胃腸も丈夫、食にも困ったことがない自他ともに認める「旅向き人間」のわたしに、いったい何が起きたんだろうと思った。
とにかく日本が恋しかった。
大好きな上島珈琲店で、メニューには載っていない裏メニューみたいなゆで卵を単品で食べながら、甘い黒糖ミルク珈琲を飲みたかったし、ホームサウナで常連のおばちゃんたちと、記憶に残らないようなどうでもいい話をしたかった。それに家には、いちばん仲のいい友達兼旦那さんのしげおさんが待っている。
なんでもない日常のかけらが走馬灯のようにぐるぐる回る。
そんなとき、たまたま同じタイミングでリトアニアに来ていた友人夫婦と合流することになった。
日本でもよくごはんに行くこの夫婦は、仕事がかなり忙しいはずなのに、いつの間にか南アフリカやスペイン、メキシコなんかに行っていたりするからびっくりする。
「今日は街をかるく散歩して、借りたエアビーで乾杯しただけだよ」
これまでさまざまな国を旅した二人は、一周回って、派手な観光よりもその国で暮らしを楽しむのが好きらしい。

もちろん、リトアニアに訪れるのだって初めてなはずなのに、日本にいるときと同じように肩の力が抜けていた。

旅の中に暮らしを持ち込む二人を見て、なんだかやたらと腑に落ちた。
思い返せばわたしのこの1カ月には、生活がなかった。行きたい場所や体験したいことがありすぎて、同じホテルに連泊したのはたったの2回。
毎日移動し、何度も国境を越え、常に何もかもが新しかった。

世界中のサウナや温泉を体験できる喜びったらないけれど、たぶんわたしは、普遍的な「生活」が、「暮らし」が、「日常」が恋しかったのだ。
同じ景色の道を歩くことも、コンビニのレジで見かけるいつもの人も、だれかと交わす「今日暑いですね〜」みたいなどうでもいい会話も、特別なんかじゃないけれど、そんななんでもなさを積み重ねる生活こそ、わたしにはとても大事なものだった。
わたしは、生活が大好きだったのだ。
日常と、非日常。
日常だけじゃ物足りないけど、非日常ばかりじゃ息切れする。特別な風景や体験は心を広げてくれるけど、わたしを満たしてくれるのは、いつもの時間、いつもの場所、いつもの味と人だった。
日常に戻ってこられるからこそ、旅することができる。今回の旅で、わたしはようやくそのことに気がついた。

13時、予定より30分早く日本に着いた。
預けた荷物が出てくるまでのあいだ、トイレに行った。便座が温かくて、流れがよくて、何よりピカピカにきれいで、日本は本当に素晴らしい国だと思った。
朝、生放送に出演したばかりのしげおさんが、空港まで迎えに来てくれた。まったくどこまでやさしい人なんだろう。
二人のノリと、二人の空気。そうそう、これ。わたしはうんうん一人でうなずいた。
帰国して真っ先に訪れた上島珈琲店で、わたしはいつもどおり、黒糖ミルク珈琲とゆで卵を注文した。

これこれ、やっぱりこれなんだ。
特別じゃないひと口がわたしの旅に終わりを告げた。
さて、次はどこの国に旅しよう。
上島珈琲店で黒糖ミルク珈琲片手に、さっそくGoogleマップを開いていた。
旅に懲りたりなんかはしない。
旅と生活、わたしはどちらも間違いなくいとおしい。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

PROFILE
清水みさと(しみず・みさと)
1992年、奈良県生まれ。タレント、女優。サウナ好きとして知られ、サウナ・スパプロフェッショナル、サウナ・スパ健康アドバイザーの資格を持つ。日本最大のサウナ検索サイト「サウナイキタイ」のモデル、フィンランドサウナアンバサダー、ラジオ「清水みさとの、サウナいこ?」(JFN21局/Spotify)のパーソナリティとしても活躍中。
Instagram @misatoshimizu35
初の著書『ご自愛サウナライフ』(KADOKAWA)が好評発売中!

文・写真/清水みさと バナー・プロフィール画像/大辻隆広