



新大久保駅といえば、多様性にあふれ、国際的交流が盛んな街としてにぎわいを見せるなか、ユニークで豊かな食文化が育っています。そんな場所にオープンした「K, D, C,,,」は、食を通じて人々が集えるという新しい交流拠点となりそうです。


調理器具から食器までが完備されたキッチンでは、食に関する学びの場が展開されるし、スタートアップ企業が、パートナー企業からのサポートを受けられたり、食にかかわる人々のネットワークを構築できたりと活動を支援するしくみも整っています。また、ビジネス街ではない新大久保という立地なので、生活者目線から、暮らしのなかで取り入れたくなるような新しい食の提案をしてくれるという点も、大いに期待できそうです。今回ふるまわれた料理も、古くから受け継がれてきたアイヌのスピリットを入れつつ、そこに新しい解釈も与えた「モダンアイヌ料理」ということで興味津々です。
今回、この新しい料理に挑戦してくれたのは、東京・日本橋馬喰町で昆虫を食材として用いる レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」のシェフを務める白鳥翔大さん、東京「Pâtisserie Chocolaterie Recit(秋頃オープン予定)」パティシエの佐川優さん、フードプロデューサーの古谷知華さんの3人です。
大きな窓から心地よい日ざしが入るコミュニティキッチンでは、白鳥さんたちが調理中で、その手もとはモニターに映し出されていました。料理が完成し、1品ずつテーブルに運ばれたあとは、それぞれの料理人が、自分たちが作り上げたモダンアイヌ料理にこめた思いを語っていきます。


「今回は、もしも古代のアイヌ民族のかたが新大久保でストリートフードを作ったらというテーマで作りました。チマキは、シカの骨と干し貝柱でだしをとって炊いたもち米に、具はシカの舌、松の実、発酵させたスグリ、あぶった干し氷下魚(こまい)などが笹に包まれて入っています。先人たちの保存技術や素材を生かし、力強いがやさしい味にしました」

「北海道のそば粉を使ったクレープには、ヒグマの肉や春の野菜を巻いています。昔、アイヌが、ヒグマを神様のように祭った儀式をされ、そのときにお酒も飲まれていたとお聞きしたので、雑穀のIPAビールでヒグマを煮込みました。また、アイヌ料理のチタタプ風に、フキノトウや発酵させたアスパラ、行者ニンニクなどを切り刻んだものと、清涼感を加えるため、蝦夷ワサビをピクルスにしたものを巻きました」

「アイヌ料理にある、シャガイモやカボチャを使ったイモシトをアレンジしてデザートにしました。ユリネのスープや、ユリネのシロップ漬けに、ハスカップとローゼルのジュレ、ヨモギとクマザサのアイス、鬼クルミのキャラメリゼ、シャガイモのチップスなどが入っています。ローゼルは沖縄の植物ですが、アイヌと琉球民族の共通点などをお聞きしたので、今回合わせてみました。ジャガイモのチップスは、アイヌ文様になっています。狩猟採集民族だったアイヌは野草や木の実やユリネなど野生に生息しているものを食べていました。その食材を組み合わせて作りました」


「アイヌピニャコラーダ」 (写真右)
「食前酒として出したのは、発酵リンゴジュースに、モミやスギの樹液から作ったシロップを混ぜて、上に新大久保で手に入るスパイスを使ったクリームをのせたカクテルです。もう1つは、北海道のどぶろくとハチミツ、キハダ、パイナップルなどを使ったピニャコラーダです。グラスではなくおちょこで出しましたが、キハダの苦みがアクセントになっています」




Scrum Ventures 早嶋諒さん

シグマクシス 福世明子さん

オイシックス・ラ・大地 内田洋子さん(右)
「スタートアップとして、こういう施設で食に挑戦できるのは素晴らしいことですね。料理についても、アイヌ料理をイノベーションして、新大久保のスパイスを加えるなんて素敵だなと思いました」
Future Food Fund ジェニファーぺレスさん(左)


世界中の異食材や人々のアイディアが集まってくるという新しいフードラボ「K, D, C,,,」は、未知なる料理にチャレンジしたいというかたや、いろんなかたとコラボレーションしたいという若手料理人やプランナーのかたがたの背中を押してくれる“実験場”です。
プロ仕様の3つの個別厨房スペースと、出店者どうしが共有できる客席などを備えているので、独立を志す料理人が自らの腕を振るう場や、新たな食体験を生み出したいという企業が、テストマーケティングをする場として活用できます。
毎週定期的に、食材の生産者やシェフとの食事会、食への知見を深める講座などのイベントも実施予定で、食について、いろいろなチャレンジができる場所になりそうです。 4階は、チャレンジの場となるコワーキングスペースやファクトリーキッチン



また、各種製造許可を取得予定の厨房つき作業スペースとしてファクトリーキッチンも備えているので、新商品開発や食品製造にかかわるかたがたが、自らが開発した商品を試作、提供できる場としても使えます。
現在は、オープニング企画として、5月末まで3階シェアダイニングにて、さまざまなポップアップショップも展開中。ここに来れば、ワクワクするような食文化を体験できること、間違いなしです。



アイヌ料理の入門編として教えてくれたメニューは、マッシュしたカボチャ、金時豆、トウモロコシ、キハダの実などを混ぜ込む「ラタシケプ」や、それを形成した「シト」、イクラとマッシュしたジャガイモを使う「チポロイモ」、煮込み料理の「オハウ(汁もの)」など。これらは、実際に調理場で、作り方を伝授してもらうことに。白鳥さんたちも混ぜたり、つぶしたりする作業をいっしょに行いました。シケレベ、氷下魚(こまい)、行者ニンニク、クマザサなど、宇佐さんが北海道から取り寄せているという食材については、それぞれが素材の特性や入手方法についてそのつど、宇佐さんにたずね、前のめりの姿勢で、いろいろなことを吸収していきます。
アイヌ料理の味つけは、調味料に頼らず、基本は塩ベースで、素材のよさを最大限に引き出したものが多いとか。「オハウ」なども昆布だしの旨みがポイントになるそう。宇佐さんによると「子どものころ、北海道で『ポネオハウ』も食べたことがあります。豚骨スープのようですが、においがきつくて、私は苦手でした」とのこと。
「チポロイモ」については、「アイヌ語でイクラのことをチポロと言います。ちなみにイクラはロシア語です。イモは日本から入ったので日本語ですね。今はバターを入れたりしま すが、昔はクマやトド、シカやクマの脂を使っていたようです」と解説。イクラたっぷりのチポロイモ
また、ジャガイモ関連の料理については、その昔、ユリネを使っていた時代もあったとか。 「ユリネは天ぷらにしてもおいしいし、つぶして粉状にしたり、乾燥させてひもでつるしたりして、いろんな料理に使います」という宇佐さん。こういった料理のルーツやトリビアネタにも取材陣は興味津々でした。
宇佐さんの指導のもと、でき上がった料理を全員で試食することに。「おいしい! やさしい味ですね」「素材が生きてます」と、滋味深い料理の数々に皆が感動しきりの様子でした。 宇佐さんは、ほかにもハスカップのシロップや、シケレベ、キハダなどを漬けた焼酎なども紹介してくれました。イモシトは揚げたてが美味
また、今では途絶えてしまったそうですが、北海道で50年以上前に行われていたというヒグマの霊魂を神の国に送り返す「イオマンテの儀式」のエピソードをはじめ、アイヌの歴史についても、非常にわかりやすく教えてくれた宇佐さん。その話からは、アイヌで長年受け継がれてきた食への感謝と敬いの精神が感じられ、シェフたちも大いに刺激を受けた様子。
さらに野田サトルの人気コミックでアニメ化もされた『ゴールデンカムイ』によって、アイヌ文化がフィーチャーされたことで、若者たちが“聖地巡礼”として「ハルコロ」を訪れているという昨今のムーブメントについても話してくれました。
宇佐さんからアイヌ料理の豊かな食文化と、熱いスピリットを伝授してもらった白鳥さん、 佐川さん、古谷さん。多くのものを吸収したであろう3人は、アイヌ料理をどうアレンジし、どんな新作料理を生み出してくれるのでしょうか。期待を胸に、ハルコロを後にしました。
ハルコロ
東京都新宿区百人町1-10-1
03-3368-4677
https://harukoro.owst.jp/ 撮影/宮川久 取材・文/山崎伸子 取材協力/東日本旅客鉄道株式会社