
「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。
【くどうれいん食エッセイ連載】vol.15 生きくらげ
岩手に住んでいると産直で新鮮な食材を手に入れられる機会がとても多い。道の駅はもちろんのこと、スーパーの一角に地産地消コーナーとして農家さんから直接仕入れた野菜が並んでいることもある。安くて新鮮で、なかなか出回らない珍しい品種が並んでいることもあり、わたしは産直での買い物が大好きだ。出張の数日前だということをすっかり忘れて、あれも安いこれも珍しいと食べきれないほど野菜を買ってしまうこともよくある。
きょうは産直に生きくらげが並んでいた。てのひらほどのパックにみっちり入って百三十円。生きくらげは初夏から秋の初めにかけてスーパーでも見かけるのであまり気に留めていなかったのだが、つい手に取る。なぜって、ほんの数日前仕事先の方との雑談できくらげの話になったのだ。彼女は麻辣湯をきっかけにきくらげが大好きになり、国内で数パーセントしかない生のきくらげをいつかたらふく食べたいのだ、と言っていたことを思い出した。この時期はいつも並んでいるけれど、これ、そんなに珍しいものだったのか。急にありがたみが増してくる。
帰宅して早速パックから出す。ひらひらと薄くベロアのような手触りで、きのこと海藻の間のような不思議なテクスチャをしている。細く刻んでとんこつラーメンにのせてもいいし、卵と一緒に炒めても美味しいに違いない。けれどきょうはもっと生きくらげを主役にしよう。大きめの一口サイズに切り、片手鍋に湯を沸かして三十秒ほど茹でる。乱切りにしたきゅうりと共に、酢醤油とごま油で中華風の和え物にした。乾燥きくらげと違って水で戻さなくていいのが助かる。臭みも全くなく、包丁を入れるとさくさくと心地いい。
十五分ほど冷やして、夕食のパネーンカレーと共に頂いた。カレーは具材を入れて温めるだけでいいもので、同じく産直で買った「フィレンツェの貴婦人」という名の丸くて大きなイタリア茄子をじっくり焼いて入れる。とろっとろの茄子はうっとりと甘く、カレーはじんわりと辛く、そこに副菜として生きくらげの中華和えがばっちりだった。
いよいよ生きくらげをひとくち嚙むと「さくっ」「ごりっ」「にゅるっ」が同時に来る。なんて素晴らしい歯ごたえだろうか。奥歯を伝って鼓膜に心地いい音が届く。口元にピンマイクを添えてASMRを録りたくなるような爽快な咀嚼音が自分の口から聞こえている。ぷりっとしているのにしゃきっとしていて、じゃきじゃきともしているのにとろっともするからたとえるのが難しい。
とにかく嚙めば嚙むほどストレスがみるみる軽減されていくような、素敵な嚙みごたえなのだ。おやまあ、生きくらげってこんなに美味しかったかしら。細切りにしては勿体ないほど、歯触りが光る食材だったとは。甘酸っぱい中華だれにしたのも我ながらよい判断だった。きくらげの表面にたれがしっかりまとわりついて味が濃くてうまい。きゅうりもよく合う。こんなにおいしくてたくさん入って百三十円だなんて。農家のみなさんに頭が上がらない。
これからは生きくらげを見かけたら喜んで買おうと思う。既にあの咀嚼が恋しい。つい食いしばってしまうストレスフルな日々を、生きくらげは歯から癒してくれる。
著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)
オレンジページnetを追加してお気に入りに登録すると、Google検索でオレペnetの記事が表示されやすくなります!








