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けえけえくうくう くどう れいん

「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。

【くどうれいん人気食エッセイ連載】vol.4 最強の西京焼き

 先日実家から冷凍の鱈の西京焼きをもらい、しばらく冷凍庫に入れていた。東北に暮らしているせいか西京焼きというものにあまり馴染みがないので、冷凍庫をあけてその切り身を見る都度(最強……)と思ってしまう。わたしの冷凍庫にはいま最強が冷えていて、いつでも焼くことが出来る。


 重い締切を抱えていると頭まで重くなってくるような気がする。俯(うつむ)くように書き、唸り、コーヒーを淹れ、また書き、唸り、冷めたコーヒーに牛乳を足す。ちっともうまく書けないと、うまくいっていないのは原稿のみならず人生まで……と思いつめる。ああ、いけない。なにかリセットするようなことを。冷たい水を飲んだほうがいいかもしれない。思い立ってグラスを持ち、氷をたくさん入れるために冷凍庫をあけるとその四隅で西京焼きが横たわっていた。(最強……)とまた思い、それで夕飯に西京焼きを焼くことにした。


 解凍した西京焼きを黄色い味噌のたれごと南部鉄器のプレートの上に置き、それをグリルへ入れて焼く。網が汚れないうえじっくりと火が通り見栄えもするので、このプレートを手にしてから魚を焼くのが億劫ではなくなった。キムチをのせた冷奴と焼いた蓮根とミニトマトを並べてグラスビールで晩酌にする。飲んでいる場合ではないが、飲まないから書けるわけでもない。

西京焼きは箸で一口を取っただけで脂がのっているのがわかる。食べてみると、じゅわっと広がる脂に顔がほころんだ。慌ててご飯を解凍して一緒にいただく。焼き魚だけをアテにするのはわたしにはまだ難しい。次々頰張る。おいしい。味が濃い。ご飯をもりもり食べていると、明日は書けるような気がしてくる。


 西京焼きのことが好きになったのは、昨年の料理レシピ本大賞の表彰式がきっかけだ。大人になってから表彰をされるのは初めてで、うんと緊張しすぎて一人では耐えられず、夫についてきてもらった。オレンジページへ行ってサイン本を作る前にその周辺でお昼を食べようとなって、夫が見つけてくれたのが大変上品な和風のお店だった。魚料理に強いらしい。夜は割烹で、昼は焼き魚定食を出している。やはり人気店のようで十五分ほど店内で待つ。店内は落ち着いた大人ばかりいて、いかにも粋な感じがした。上アジ干物、ねぎとろ丼、さば塩焼き、シマホッケ焼き……目移りするお品書きの中、おすすめの金目鯛の天日干しに目が留まる。やや値が張るものの、おめでたいのだからこれにしようと意気込んで注文するとちょうど売り切れらしい。落ち込みつつ慌ててお品書きをもう一度見ると、鰆(さわら)の西京焼きがあった。(あ、最強)と思うと夫が「鯛が無くても最強があるじゃん」と笑う。これだね。うん、これだ。


 表彰式前の不安な気持ちのお昼に食べた鰆の西京焼きは、目が潤むほどおいしかった。鰆にはこんがりと焼き目がついて、ほろほろと崩れるけれどキュッとした身が堪(たま)らない。甘くコクのある味噌が染みる。緊張するとゼリー飲料くらいしか受け付けなくなるのに、この日は定食をしっかりと平らげた。大丈夫大丈夫。最強最強。一口ごとにそう自分を宥(なだ)めるように食べた。不安な時は西京焼きを食べるに限る。お守りごはんがまた増えた。

著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)

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