2023.11.17
群馬県・高崎市
「カフェテリア・コンパル」
毎年「高崎映画祭」が開催され、「映画のまち」と呼ばれる群馬県高崎市。都心から新幹線で1時間ほどの地の利と昭和レトロな景色を生かし、数々の映画やドラマのロケ地としても有名に。物語の舞台巡りが趣味の私は、高崎出身の友人の案内でまちなかを散策したことがある。
そのときもっとも心引かれたのが、通りかかったビルの1階に据えられた喫茶店のショーケース。年季が入りながらもいぶし銀の輝きを放つ食品サンプルに引き寄せられ、2階の入り口に続く階段を上りかけたが、電気が消えて定休日のようだった。
念願かなって再訪を果たした「コンパル」は、タイムマシンで昭和の時代に舞い戻ったかのような錯覚にとらわれるほどノスタルジックな佇まい。奥の厨房から街路を見下ろす窓辺の席に向かってL字形にのびる店内には、ミッドセンチュリーモダンデザインの椅子とテーブルが並んでいる。
店主の田島保雄さんに話を伺うと、喫茶店の開店は昭和39年。もともと保雄さんの父が理髪店を営んでいた同じビル内で、高崎を代表する弁当店の店主が喫茶店を始めたのだそう。そのうち当時20代だった保雄さんが手伝うようになり、数年後に正式に店を受け継いだ。
現在客席があるのは2階の1フロアのみ。すでに改装してふさいでいるが、当初は2階から3階までの吹き抜けで、2フロアで営業していた時期もあったという。
入り口に掲げられた女性の横顔を描いた看板は常連客だった美術学校の先生が手がけたそう。壁のいたるところに飾られている絵画も、店に通う画家たちが置いていったもの。昔は内装工事ができる客もいて、店と客の垣根を越えた人間同士の交流が楽しかったと保雄さんは話してくれた。
意匠を凝らしたメニューブックから「ミックスサンドイッチ」と「プリンア・ラ・モード」を選ぶ。具材たっぷりのサンドイッチは地元のパン店の食パンを使用。季節ごとにフルーツが替わるプリンア・ラ・モードのプリンは、ほどよい固さの自家製。
「おいしいです」と、保雄さんに声をかけると、「普通です」とキッパリ。普通の材料を使って普通に作っているだけとおっしゃるけれど、長年普通を貫くことこそ、実はなにより難しい。高齢でいつまで店を続けられるか分からないと話す保雄さんに、「まだまだ続けてください」と願いを伝えて店をあとにした。
甲斐みのり
文筆家。昭和51年静岡県生まれ。旅や散歩や手土産、クラシック建築やホテル、暮らしなどを主な題材に、書籍や雑誌に執筆。著書に『歩いて、食べる 京都のおいしい名建築さんぽ』(エクスナレッジ)など多数。『愛しの純喫茶』をオレンジページより刊行。
Instagram:@minori_loule X(Twitter):@minori_loule
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