アジアン料理のなかでも人気のタイ料理。辛いメニューが多く、暑い時期は特に食べたくなる方も多いのでは? エッセイストの金子由紀子さんも、タイ料理に魅せられたひとり。とりわけ
ソムタム(青パパイヤのサラダ)が好きすぎて、現地で食すことが長年の夢だったそう。
タイの東北地方までひとりで旅して、ついにその夢を叶えた金子さんに、本場の‟ソムタム事情“について、教えていただきました。
イサーン地方(タイ東北部)のソムタムは、調味料が違う
タイ料理店の人気メニューといえばトムヤムクン、ガパオ、グリーンカレー(ゲーンキャオワーン)。ですが、いろいろなお店でタイ料理を食べていくなかで、私が特に気に入ったのは、
・
ソムタム(青いパパイヤのサラダ)
・
ラープや
タップワーン(加熱した肉やレバーを使ったサラダ)
・
トムセープ(内臓類を使った、辛くすっぱいクリアなスープ)
なかでもいちばんの好物は、どの店にも必ずあるソムタムです。ソムタム以外は、メニューに揃えているお店が多くありませんが、これらの共通点は何かといえば、イサーン(タイの東北地方)の料理であることです。
私たちが日本のタイ料理店で食べている人気のメニューの多くは、バンコクを中心としたタイ中央部の、比較的甘く、辛さひかえめな味つけだそうです。ココナツミルクが使われていてマイルドなものも多いため、日本人が食べやすいのかもしれません。
辛さはさておき、ソムタムはさわやかな風味と独特な歯ごたえから、日本でも人気があります。果物として食べるパパイヤは、黄色くやわらかく熟した甘いものですが、ソムタムに使うのは、熟していない、緑色のまだ硬い実です。これを千切りにし、潰したにんにくと唐辛子、ライム果汁、調味料と和えて作ります。
私も自分で作っていますが、なかなかタイ料理店のような味になりません。これをぜひ、納得のいく味で作れるようになりたい。
ソムタムは、具によって何種類もありますが、味付けにも種類があります。
日本のタイ料理店でよく提供されているのは、「
ソムタムタイ」と呼ばれる、マイルドな味わいのもの。私が好きなのは、イサーン風の「
ソムタムパラー」と呼ばれる、少しクセのあるものです。
「
パラー(プラーラー)」というのは、魚を米ぬかと塩で漬け込み、発酵させたもので、強い旨味と、強烈な発酵臭が特徴の魚を使った調味料です。
ソムタムパラーは、使われる砂糖も少なく、辛みも強いのですが、干しエビで補強する必要がないほど、旨味も強いのです。
元来イサーン地方は料理人を輩出する土地柄で、その料理はタイ人からも評価が高く、おいしいものが多いという評判を聞いていました。
「これは、行くならイサーンだな。イサーンでソムタムを学ぼう!」
おいしいソムタムを求めて、通勤リュックでタイへひとり旅
タイのフードコートや屋台では、調理場が見えるところが多いのが魅力です。作っているところを見るだけで、何となく作り方がわかる。ワザを盗むには最適です。
‟ぼっち旅“(ひとり旅)で訪れたイサーン地方。ウドーンターニーでは、ソムタムの人気店を探して訪ねてみました。配車アプリGrabを使ったら、接客もよく、料金トラブルもなく快適でした。
「ソムタム・ジェイ・ガイ」は、簡素な作りのソムタム専門店で、何種類ものソムタムがありました。基本、大人数で来る店のようで、ひと皿のソムタムを頼んだら、3人前はありそうな量が来てしまいました。しかも、涙が出るほど辛い! でも、何ともいえない奥深い旨味が口いっぱいに広がり、やめられないおいしさです。
丸めたもち米を浸しつつ、チャーノムイェン(タイ式アイスミルクティー。甘い!)の助けを借りつつ、ほぼ完食です。こんなおいしいソムタム、食べたことがありません。
不思議と、どんなに辛い料理だったとしても、本当においしいものなら、いつまでもあとを引いて辛さが残ったりしないのです。
このお店は、ソムタム調理場が客席の隅にあって、どこからも丸見えでした。調理台に陣取る店主らしき男性に、ヘタなタイ語と、翻訳アプリで、「とってもおいしいソムタムでした」と一生懸命伝えたところ、ニッコリほほえみ返してくれました。
店主の前には、巨大な甕(かめ)が据え付けられていて、ソムタムを作るたびに、そこからひしゃくでソースをすくって、クロック(つき臼)にバシャッと入れています。おそらく、これは自家製のプラーラーを使ったものでしょう。海から遠いイサーンでは、プラーラー(パラー)は淡水魚で作るといいます。
こんなに大量のプラーラーを作るには、家族総出で頑張るんだろうな。たくさんいる店員さんは、みんな家族なのかもしれません。
人気店で、屋台で、ソムタムの作り方を見て学ぶ
街なかの屋台にも、フードコートにも、ソムタム屋さんは必ずあります。宿泊していたホテルの近くには、きれいな屋台街がいくつかあって、いろいろな種類の料理が売られていました。
昼となく夜となく、そこでごはんを調達したのですが、もちろん、私の目当てはソムタム。何しろ、これを目当てにタイに来たのですから。
この日の屋台、作り手は若いお嬢さんですが、まな板を一切使わず、パパイヤを手に持ったまま、どんどん千切りにしていきます。カッカッカッカッカッ、縦に包丁目を入れていったら、次はそれをすくい取るように表面を削いでいく。パラパラと千切り状になったパパイヤがクロックの中に落ちていったのを、サーク(つき棒)とサーバースプーンを上手に使ってやさしくつき、予め合わせてあった調味料に和えます。
ソムタム代だけで研修させてもらってホクホクしながら、「サークとサーバースプーンは買って帰ろう」と決意したのでした。
教えてくれたのは……
金子由紀子さん
エッセイスト。総合情報サイトAll About「シンプルライフ」初代ガイド。1965年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなり、幅広い分野で執筆を行う。10年に及ぶひとり暮らし経験と、主婦としての実体験をもとに「シンプルで心地よい暮らし」を軸とした生活術を提案。2006年『お部屋も心もすっきりする 持たない暮らし』(アスペクト)を上梓し、“持たない”ブームの先駆け的存在に。精神性と継続性を重視した、リアルな暮らしの知恵が共感を呼んでいる。著書に『50代からやりたいこと、やめたこと』(青春出版社)、『クローゼットの引き算』(河出書房新社)などがある。