
「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。
【くどうれいん食エッセイ連載】vol.14 福島の桃
この夏、桃のために福島へ行った。至る所にある桃の看板。そこは桃の天国であった。福島へ行くたびにあまりに「桃の季節にもぜひまた来てください」と言われるものだから、わたしはついに七月末に福島市の書店でのサイン会をスケジュールに入れた。抱えるほど桃を買いたいという下心にようやく仕事という大義名分を与えることに成功したのだ。やったぞ。わたしはスケジュールに桃の絵文字を入れて毎日それを眺めて過ごした。
福島の友人に車を出してもらい、福島駅から車で二十分ほど走らせて「フルーツライン」という場所へ連れて行ってもらうと、すごい! 右も左も桃の直売所。そして桃畑! 「もも」と書かれたのぼりが数メートルおきに風にはためいていて、わたしは桃太郎が何人も鬼ヶ島を目指しているところをぼんやりと想像した(しかし、よく考えれば桃太郎が持っているのは「日本一」と書かれたのぼりであって「もも」ではない)。
驚くべきはまずはその価格である。無人販売所にはコインロッカーのようなものがあり、小窓をのぞいてみると立派な桃がパックに入っている。傷物なので了承したうえで購入をとあるが、素人目にはどこが傷なのかわからない。「あかつき」と書かれてあり、拳より大きな桃がなんと三つで三百円。夢ではないかと目をこすりたくなる。一つ三百円でも安いと思うような桃が、三つで三百円……? あかつきは桃の名産地である福島でも代表的な銘柄で、果肉は硬めでしっかりと甘い.
迷わず三百円入れて扉を開くと桃のいい香りがする。パックを持つとずっしり重い。しかも、そのパックの後ろに、もう一つ桃が置かれているではないか。四つで三百円ってこと……? 一つ百円以下。ああ。おいしくて安いものを知ることは時に不幸だ。新鮮で大きな福島の桃がこんなに安いと知ってしまっては、これからスーパーの桃が余計に高く感じてしまいそうで頭を抱える。また福島に来なくては。
直売所では試食でたんまり桃を食べた。入店するやいなや包丁を手にしたおじさまやおばあさまが売り物の桃を手に取ってじゃんじゃんむいて寄越す。「どこから来たの」「硬い桃とやわい桃とどっちが好み?」盛岡から来ました、硬い桃が好きです、と答えるより先に、包丁から果汁をじゅるりと溢した桃が皿に盛られてつま楊枝を差し出される。このひと切れがひとくちで食べられないほど大きい。ぬるい桃は甘さがより際立って、噛むほど果汁が溢れて溺れそうになる。はあ、美味しい。こっちの品種も食べてごらん。ええ、いいんですか、となって食べ続けているうち買わなければ申し訳なくなる。だって試食だけでもう五百円分くらいいただいたような気がするし……十分買ったのに食べさせてもらうとまた買ってしまうのだった。
大いに桃を買った。大満足だ。こんなに買わないけれど一応と持って行った我が家でいちばん大きな保冷バッグは案の定ぱんぱん。二段で持ち帰れるようにと箱まで持って行った用心深い自分に感謝する。サイン会に来てくれた四歳くらいの女の子に「桃好き?」と聞くと「朝も食べたし、夜も食べるし、いまも食べたい」と言うので頼もしくて大笑いした。福島に住む人たちが羨ましい。
著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)
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