
「けえけえ(食べな食べな)」「くうくう(食べる食べる)」盛岡在住の作家・くどうれいんさんが、おいしいもの好きなみなさんにお届けする、食エッセイです。
【くどうれいん食エッセイ連載】vol.8花より肴
ひょんなことから元上司と元取引先と三人で花見をすることになった。三人が共に仕事をしていた頃にやるべきだったと思いかけたが、きょう何をしでかしてもお互いの今後の仕事にちっとも直結しないという気楽さがあってこそ誘い合えたような気もする。
東北の花見はとにかく寒い。外で朗らかに食事やお酒を楽しめるような気温になることはほとんどなく、さむ、とつぶやきながら屋台の食べ物をそそくさ食べきるくらいが相場だ。しかし、自分を晴れ男と晴れ女だと信じる三人が揃ってしまったので、元上司は蕎麦いなりと唐揚げを、元取引先はいい感じの日本酒を、わたしは適宜酒の肴を持って行くと決めて、八割がた雨が降るという予報になってもそれを遂行した。
案の定雨。それも大雨、かつ、強風である。わたしはお重を抱えながら二十分歩くだけで心が折れそうだった。公園には一人も花見の客がいないほどの悪天候。わたしは風に吹かれておでこが丸出し。元上司は濡れることを見越して大量のタオルを持ってきて、元取引先はやけくそのように笑いながらほとんど骨だけになったビニール傘を差してやぶれかぶれでわたしたちは合流した。桜は八分咲きで風にあおられており、花の見える東屋はかろうじて雨を防げたけれど風までは防げない。元上司の贔屓にしている某所で持ち込みの飲食をしていいことになり、無風の室内で花を見ずにお酒とお弁当だけ食べることになった。
元上司は、ぱつっと詰まったおいしそうな蕎麦いなりと塩唐揚げと玉子焼きと大学芋を持ってきた。急いで作ったから、と照れていたがどれも絶品で、特に唐揚げは専門店のように美味しく、レシピを教えてほしいと頼んだほどだ。日本酒好きの元取引先は四合瓶をふたつ持ってきて、そのうち一つを燗にするためにガスコンロまで持参してくれた。
わたしはお重を一段持ってきた。お花見弁当を作るのが大好きなので、ついついやりすぎそうになる。多くて迷惑にならないように、元上司のラインナップを邪魔しないようになどと思いながら結局作りたいものを全部作った。ふきのとうのコロッケ、ほたるいかとうるいの柚子味噌和え、菜の花と鰹のおかかマヨ和え、鰺の海苔巻き。鰺の海苔巻きは一度居酒屋でいただいてからわたしの大好物で、いろんなお店で食べてみてはひっそりと家で練習していた。鰺のお刺身と、よく汁を切ったガリと、浅葱と、叩いた梅肉と白ごまを海苔でぎゅっと巻く。お花見弁当は何度か作っていても、日本酒のためにとことん肴だけを詰めたものを作るのは初めてだった。
これはいいね、とふたりが喜んでくれてとてもうれしい。我ながらどれも美味しく春らしく、日本酒にぴったりだった。大学芋おいしい、お酒美味しい。あっという間にふわふわと酔って、食べきって、飲みきって、そのまま二軒目として流れ着いた割烹居酒屋のようなお店の女将は、どう見ても花見の大荷物のわたしたちを見て「まあ、このお天気の中!」と驚いたのち、赤らんだ顔を見て「でもお酒は飲めたんですね」と笑った。ちっとも桜を見ていないのに、いままでのどのお花見よりもお花見らしい一日だった気がする。肴だけのお重、また作ってみたい。

著者プロフィール

くどうれいん
作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に『氷柱の声』(講談社)、『桃を煮るひと』(ミシマ社)など。エッセイ集『湯気を食べる』(小社)は、第12 回料理レシピ本大賞【料理部門】「入賞」を受賞。

文/くどう れいん イラスト/秋山 花 デザイン/広瀬 匡(FEZ)










