のんびり、茶の湯のすすめ
「心を整える」なんて言葉をよく耳にする。
この言葉をよく見かけるようになったきっかけはサッカー選手の長谷部誠さんの著書『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』(幻冬舎)がベストセラーになった時だったと記憶している。心は鍛えるのではなく、睡眠、食事といった日々のルーティンによって安定させるものだと説いた名著だ。
私の娘が「茶道」を始めたのは小学校3年生の時だった。突然本人がやりたいと言い出した。本を読んで興味を持ち、中学生になった今でもずっと続いている習い事だ。
本人曰く、「整う」らしい。
なるほど茶道というものはお作法という名のルーティンの極みだもんな、なんて感心したものだ。
実際にはそんな単純なものではなく、無駄をそぎ落とした所作、相手への配慮、そしてもっとたくさんの計算しつくされた美しさがあり、その奥深さは私などには計り知れない。
娘がはじめてお稽古に行ったあと、小さな宝石みたいな美味しいお菓子を食べた、お茶室も先生の所作もすべて新鮮だった、と興奮して帰ってきた。そしてひとつの音、ひとつの香り、それぞれに気持ちが集まっていくのが気持ちよかったと。そんなようなことを口早に報告してくれた。
その言葉を聞きながら、ふと自分のことを思った。最近なんだか少し生きづらい。
考えすぎたり、言葉にしすぎたり、意味をつけすぎたり。頭の中だけがずっと働いていて、地に足がついてない。整っていない私、整わない私。
ある日、娘が「お抹茶点てる?」と言った。
祖母のおさがりで不揃いの茶道具。それでも娘は気にせず、コーヒー用のポットで湯を沸かし、お椀にお湯を注ぎ、茶筅を動かした。干し柿も添えて、「これでも、整うよ」と笑う。

なるほど、と思う。
正直に言うと、味はわからない。それ以外の部分、お湯が沸いた音、立ちのぼる湯気、手の中の器のじんわりした温かさ。普段ならスルーしているような小さな感覚に、なぜかちゃんと意識が向く。
不思議なもので、そういう細かいものを拾い始めると、頭の中は自然と静かになっていく。
「ああ、こういうのでいいのかもしれないな」と思う。
「心を整える」なんて、山奥の寺にでも行って滝に打たれて、なんて思いがちだけど、たぶんそうじゃない。実際はもっと地味で、もっとズルいくらい簡単なことなんだと思う。
ただ日常に、静かな時間をひとつ紛れ込ませるだけでいい。
お湯を沸かして、茶を点てて、ぼーっと飲む。スマホも見ず、特に深いことも考えず、「ちょっと苦いな」くらいのことを思いながら過ごす。そういう時間は不思議なもので、あとからじわじわ効いてくる。別に何も解決してないのに、なんか大丈夫な気がしてくる。
それはさておき、娘よ ―あんた人生何周目だい?

娘の愛読書 『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』森下典子著 新潮社





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