2019.06.06
こんにちは。ふだんは雑誌『オレンジページ』で料理ページを担当している編集マツコです。
みなさんは、映画や本に出てきた場所に行きたくなることありませんか? マツコは数年前に『グランド・ブダペスト・ホテル』という映画を見て、風景もインテリアもすべて好みだったので、ブダペスト(ハンガリーの首都)ってこんな場所なんだ~素敵! と感動し、その年の夏休みの旅先はブダペストに決定。でも実際行ったら、映画の世界と全然違ってビックリ!
後で調べたら、ロケ地はドイツとチェコでした(笑)。ま、違う意味で素敵な街だったので、やっぱり旅っていいよねと思った次第です。
今回紹介する作品『旅のおわり世界のはじまり』も、旅ゴコロをくすぐる素敵な映画です。
連載10回目にして、初の邦画(^o^)
マツコはどちらかというと洋画派なのですが、そんな僕が邦画の中で愛してやまない黒沢清監督の最新作です。
カンヌ映画祭で賞を取った『岸辺の旅』などが有名ですが、どの作品も他の監督にはない独特の雰囲気。
これどんな映画? と聞かれたら、「夢を見失いかけた主人公が、異国の地での出会いや経験を通じて、みずみずしい気持ちを取り戻すストーリー」と答えるでしょう。
この説明だけ聞くと、まあありがちというか、だいたい想像がつくなあなんて思いませんか?
でもね、こういったオーソドックスな題材も、この監督の手にかかると俄然面白くなっちゃうんです。
真面目な場面でもちょっとおかしなセリフがあって、わざとなのかどうかよく分からない、だから簡単に「良い話」にはしない。そうかと思えば、直球のセリフが心を揺さぶってくる場面もある。
そして、ちょっとだけファンタジー。現実か幻だったのかよく分からない、この要素が見る人の心に強い印象を与えるのかもしれません。
【気持ちを伝える方法ってなんだろう】
「みなさんこんにちは~私は今ウズベキスタン共和国に来ています。」
前田敦子さん演じる葉子はバラエティ番組のリポーター。
かつてシルクロードの中心だったこの地で「巨大な湖に棲む幻の怪魚を探す」のが今回の旅における最大のミッションだそう。「世界ふしぎ発見!」みたいな番組でしょうか。
最初から幻の生物を追い求めるあたり、黒沢ワールド全開です。
地元の漁師といっしょに奮闘するも、網にかかるのはゴミばかり。2メートルあるらしいのに、うなぎを捕るようなカゴを使っているあたりも突っ込みどころ満載なのです。
「あ~またダメですね~」とリポーターらしく笑顔を振りまく葉子ですが、カメラが回っていないときの彼女はまるで人形のように無表情です。
地元の食堂で土地の名物を味わうという、旅番組ではテッパンの場面も。
ウズベキスタンの米料理「プロフ」をレポートするも、薪が足りないという理由で米にほとんど火が通っていません。
それでも「パリパリしておいしいですね~」とアドリブをきかせるあたり、葉子は相応のプロ意識を持ち合わせています。けれども地元の人と触れ合ったり、美しい風景に目を向けたりする余裕は彼女にはない。ホテルに戻ってスマホでメッセージのやり取りをする、東京にいる恋人だけが彼女の心のよりどころです。
前田敦子さんは、こんな風に孤独で、でも弱々しいわけではない役を演じるのが本当に上手。じつは黒沢監督映画への出演は3作目で、特有の不穏な空気感にぴったりだなと感じます。
このお仕事、ブラウン管(てつい言っちゃう)に映っている華やかな部分はほんのわずかで、ほとんどは上記のような苦労の連続だと想像します。
ときには「こんなの無茶(生米なんて食べられるか!)」「なんてばかばかしい(怪魚?ほんとにいるの?)」と思う瞬間もあるかもしれません。
そんなとき、スタッフ全員がその「ばかばかしい」ことに全力で取り組むならば、それは立派な仕事になります。でも葉子が働く現場にはその雰囲気はない。
スタッフ達は淡々と、彼女を盛り上げることもなく撮影を敢行するのみ。葉子が1人きりでこの仕事に立ち向かっているように見え、彼女の孤独が浮き立つんですね。
葉子という人物はどこか臆病なのか警戒心が強いのか、リポーターという仕事をしている割には自分の殻に閉じ籠もり、そこで世界を完結させてしまう。
プロフを作ってくれた食堂のおばちゃんを含め、地元のウズベキスタン人が話しかけてくれても、言葉の壁を言い訳にむにゃむにゃとコミュニケーションを拒絶するのです。
葉子を取り巻く撮影クルーですが、実はかなりゴージャスな俳優陣。
カメラマン役は加瀬亮さん、ディレクターは染谷将太さん、そしてADを演じるのは柄本時生さん。
それぞれの立場や性格が丁寧に描かれていて、ストーリーをリアルなものにしています。
マツコが注目したのは、ウズベキスタン人俳優のアディズ・ラジャボフさん演じる、通訳兼コーディネーターのテルム(上の写真の一番右)。
葉子やスタッフが必要最低限の会話でやり取りする中、彼だけは通訳の仕事以外でも自分の気持ちを伝えようとします。
例えば、彼がなぜ日本という国に魅了されて、日本語通訳という仕事に就いたのかを語る場面。
第二次世界大戦後にソ連の捕虜としてこの地に残された日本人たちの話を紹介し、ひとつひとつの言葉を丁寧に発音しながら語るのですが、このシーンが本当に良くて涙があふれてきました(今こうして書いている間も……笑)。
ここ、そもそも彼が語るエピソードそのものが泣かせるのですが、それだけじゃない。むしろ、通訳とはいえ日本語のネイティブではないテルムの懸命な語り口にこそ、感動するのだと思います。
ニュアンスによって言葉を選ぶということ無しに、直接的に思いを伝える。
そんな彼のオープンな態度に比して、同じ言葉を持つ者どうしなのに、葉子を含むクルーたちの間にはなんて距離があるんだろうと思うのです。
さて、こんな葉子にも実は「歌う」という夢があります。けれども、いつの間にかやりたい事からどんどんずれてしまい、もはやそれがどんな夢だったのかすら思い出すことができない。
そんなとき、心を閉ざしていた彼女が思いをぶつける、ぶつけざるを得ない出来事が起こります。
今いる場所から一歩踏み出そうとした彼女は、みずみずしい気持ちを取り戻せるのでしょうか。
「話し合わなければ知り合うこともできない」これはある登場人物のセリフですが、このシンプルなメッセージが心に響く、誰もが共感できる映画です。
黒沢監督の映画を見たことがない、という方はぜひ!
東京にあるウズベキスタン料理屋さんで、プロフを初体験! 映画とは違い、きちんと火が通っていて(当たり前)美味しかったです。ちょっと懐かしい味さえしたのはレーズン効果かしら?
「旅のおわり世界のはじまり」 6月14日(金) 全国ロードショー
配給:東京テアトル
© 2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO
【編集マツコの 週末には、映画を。】
年間150本以上を観賞する映画好きの料理編集者が、おすすめの映画を毎週1本紹介します。
文・撮影(プロフのみ)/編集部・小松正和
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