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【編集マツコの 週末には、映画を。 vol.1】「希望の灯り」

2019.04.04

初めまして。ふだんは雑誌『オレンジページ』で料理ページを担当している編集マツコです。映画が好きで年間だいたい150本くらい映画館で観ているのですが、毎週1回「これぞ」と思う作品を紹介しようと思います。
深い映画論はプロの方々にお任せし、心を動かされたポイントやおすすめの理由を、友人に紹介する気持ちで語ります。

【ささやかな日常にこそ希望がある】

記念すべき第一回はドイツ映画。旧東ドイツの巨大スーパーで働く人たちのお話です。
ですが、ドイツの美味しいものが出てきたり、買物に訪れる家族の笑い声が聞こえてきたりはしません。
物語が進むのは、日差しの入らない巨大で薄暗い建物の中。大きな展開はないですが、観賞後にじわじわと感動が訪れる……そんな映画でした。



主人公のクリスティアンは腕や首にタトゥーを入れた、口数の少ない何やら訳ありな青年。スーパーマーケットの飲料コーナーの担当として働き始めます。菓子コーナー担当のマリオンは夫との関係が上手くいっておらず、メランコリーな表情がクリスティアンを魅了します。ある日クリスティアンは商品棚越しにマリオンを見つけ、一瞬で恋に落ちるわけですが、このマリオンという女性がちょっと面倒臭いタイプ。もう少しキャピキャピした女優さんだと鼻につきそうですが、演じるザンドラ・ヒュラーさんの知的な雰囲気のおかげで嫌な感じがしません。クリスティアンも決してイケメンではない、でも味がある系のフランツ・ロゴフスキさんがぴったりなんです。

周りの同僚たちも皆どことなく風変わりで、陰を感じさせます。
ベルリンの壁が崩壊したのは1989年。翌年の1990年にドイツは再統一を果たします。実質的には西ドイツのシステムに東ドイツが組み込まれた形となり、旧東ドイツの人々には失職、物価高騰などの事態が降りかかり、色々と納得のいかない思いもあったと言います。この映画とぜひセットで観てほしいのが、『グッバイ、レーニン!』という2003年のドイツ映画。まさしく89年の壁崩壊の直前と直後、東ドイツの家族をユーモラス&感動的に描いた名作で、人生ベスト5の映画を聞かれたら(聞かれませんが)絶対に入れたい作品です。ちなみにブルーノ役のペーター・クルトさんは『グッバイ、レーニン』にも出演しています。


「希望の灯り」に話を戻すと、ドイツ再統一によって社会に取り残された人たちの物語。例えば、クリスティアンの教育係としてフォークリフトの操縦法やサボり方を教える年配のブルーノは、再統一によって仕事を失い、トラック運転手だった時代を懐かしんでいる。クリスティアンは以前は悪い仲間とつるんでいたようで、まっとうな人生をこれから送りたい。マリオンは前述の通り夫との関係に問題があり、はっきり示さないまでもクリスティアンに惹かれる部分もあり、どっちつかずの状況に悩んでいる。この人、クリスティアンに「コーヒーおごってよ」なんて言ったかと思えば、別の日は急に「私に構わないで!」的な態度を取ったり、同じ組織にいたらあまり近寄りたくないかも。悪気はないけど人間関係を乱すタイプです。

さて、彼らは個人的な事情で苦しんでいるようにも見えるけど、急に現れた競争主義、資本主義という価値観によって周縁に追いやられてしまった人たちなんです。「旧東ドイツの人間」という記号でひとくくりにされて……。 
僕自身、毎日の暮らしの中で「記号」として扱われることに我慢ならないときがあります。記号というのは性別や年齢、出身地、そういうものです。記号で判断されると、僕個人の言葉はもう届かない。言葉が伝わらずに判断されるのは、とても悲しいこと。だから、遠い国のこのスーパーで働く人たちの悲しみや寂しさが、全部ではないけれど分かるような気になるんです。


それぞれ悩みは抱えているんですが、このスーパーで働く人たちは皆、誇りを持って仕事をしている。そこがすごくいいんです。サボってチェスをしたり、廃棄する商品をつまみ食いしたり、不真面目な部分もあるものの、例えばクリスティアンがフォークリフトの試験に合格すると、みんなで手を叩いて喜ぶ。退社時に従業員が一列になって守衛さんと「今日もお疲れ様」と握手(ハイタッチだったかも)を交わす。おそらく彼らは再統一によって社会の隅に追いやられたのかもしれないけど、尊厳は失わない。男性はロングのショップコート、女性はベストの濃いブルーの作業着、この写真で2人が着ているものですがめちゃめちゃかっこよくないですか?

クリスティアンが同僚と一緒に自動販売機のコーヒーを飲む場面が何回かあります。このシーンが印象に残るのは、彼がいつもより(少しだけど)饒舌になり、表情も柔らかくなるからかもしれません。コーヒーはせいぜい1~2ユーロのはず、だけどなんだかすごく美味しそうに見えるんです。後半の悲しい出来事により、そのうちの1人とはもう二度とコーヒータイムを共有できなくなるのですが……。

旧体制の崩壊による、抗いようのない変化に人々は巻き込まれ、それでも日々は続きます。
タイトルのような「希望」はあるのか(ちなみに原題は「通路にて」)。
明確な答えを提示しないまま、クリスティアンとマリオンの美しいやり取りで映画は終わります。

ベルリンの壁崩壊から今年で30年。今はなき東ドイツという国を考えるきっかけになると同時に、日常を淡々と生きることの意味を考えさせてくれる映画です。


ドイツのスーパーで買ったエコバッグ。取っ手が短くて使いやすくはないです。



「希望の灯り」4/5(金)~Bunkamura ル・シネマ 他にて全国順次公開
© 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

【編集マツコの 週末には、映画を。】
年間150本以上を観賞する映画好きの料理編集者が、おすすめの映画を毎週1本紹介します。

文・撮影(エコバッグのみ)/編集部・小松正和

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