長く生きていればだれもが経験する、身近な人やペットの〈死〉。インタビュー中は、ちょっとしんみりする瞬間も――「自分がイオにしていることは、いつか自分がしてもらいたいこと」という一文も印象的でした。イオちゃんを介護する中で得た気づきなのでしょうか。じつはそれを教えてくれたのは父なんです。
うちの父は本当にめちゃくちゃエゴの強い人で、家族は大変だったんですけど。晩年にステージ4の大腸がんが発覚して、病院で手術をすすめられたんです。
「もし手術をしなかったら余命半年。腸閉塞になって最後はすごく苦しみます」って先生にいわれて。
そうしたら父が研修医のかたに、「ロープ持ってこい」って言うんです。「どうするの？」ってきいたら、「半年後にのたうち回って死ぬって言っただろ。なら今ここで首くくって死んでやる」って。
――ええ⁉すごいですよね。みんなもう固まっちゃって（笑）。
父は「助からないおれの命のために、家族に何百万とかかる治療費の負担を背負わせるなんてまっぴらごめんだ。生まれるときは選べないんだから、死ぬときくらい選ばせろ！」って叫んで。
エゴイストって突き抜けるとこんなに揺るぎないんだ……でもちょっとかっこいい、みたいな（笑）。
結局父は亡くなる10日前まで、よろよろの体に三つぞろいを着て、ハンチングかぶって、つえをついて出かけていたんです。
自分が自分でなくなってしまったら、生きている意味がないと思っていたんでしょうね。
最期まで〈自分のまま生ききる〉ということを教えてくれました。
猫沢さんが見とれてしまったという、イオちゃんの凛とした横顔。ともに暮らした1年半は、猫沢さんにとって今もかけがえのない時間 ――はあ～。すごいお父さまですね。だから私も、イオをイオのまま送りたいというのがあって。
最期の数日、自我が崩壊するような苦しみが死ぬまで続くなら、その前に送り出してあげることに何の罪があろうかと。葛藤のすえ、最期はイオを安楽死させることを選びました。
でも覚悟を決めたのに、どんな形であれ他者の命を奪うということに、やっぱりどうしても罪悪感があって。
そこから抜け出すのに何カ月もかかりましたが、苦しさと向き合う時間が、私の中の死生観の要をつくってくれました。
この本はイオの遺書でもあり、私の遺書でもあるというか。明日いきなりパーンと死んでも、これを書いておいたからよかった！ って（笑）。
――涙なしには読めませんが、読んだ後は不思議と爽快な気持ちになりました。闘病の描写の合間に差し込まれる、イオちゃんが主人公の小説や「#猫沢飯」レシピも癒やしです。確かにつらい描写もありますけど、別にそこから読まなくてもいいんですよ。
小説は、以前から「いつかイオの目線で書いてみたい」と思っていたストーリーをまとめたものなんです。
――特に、イオちゃんが江戸時代の猫だったという設定の「大江戸お伊緒物語」がたのしいです（笑）！昔から江戸文化が大好きだったので、江戸時代と現世をリンクさせてどんな物語を書けるかなと思っていたんです。
歌川国芳が猫の絵をたくさん描いているから、じつはその時代にイオを飼っていたという設定で（笑）。
イオが生きていたころ、じっと光がさし込むほうを見つめている横顔が美しくて……「イオ、現代の子じゃないんじゃないの？ タイムスリップしてきたの？」って思って、イオを江戸時代に投入！
本当に小唄のお師匠さんみたいに所作がきれいで礼儀正しかったんですよ。
小さな手をきちんとそろえて「ブラタモリ」を見るのが好きで、よく「タモさんなんだ～、渋いね、センスいいねイオちゃん」ってほめてました（笑）。
〈PROFILE〉
猫沢エミさん
1970年、福島県生まれ。9歳からクラシック音楽に親しみ、音大在学中からプロのパーカッショニストとして活躍。96年シンガーソングライターとしてメジャーデビュー。2002年に渡仏し、07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー『BONZOUR JAPON』の編集長を務める。帰国後、フランス語教室「にゃんフラ」を主宰。22年2月より、二度目のパリ移住。著作に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『イオビエ ～イオがくれた幸せへの切符』（TAC出版）、「猫と生きる。」「パリ季記」（共に復刻版・扶桑社）など。
『
イオビエ ～イオがくれた幸せへの切符』1980円（TAC出版）
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